ニューヨーク

 威圧するように林立する無機質な摩天楼。それらと比較すると、孤独な歩みを続ける少女の体はあまりにも小さすぎた。

「ニューヨーク」

 小さな唇から言の葉がこぼれた。双眸は心細げに周囲を見回している。足取りは力強さに欠ける。

「ニューヨーク。ニューヨーク」

 少女は歩き続ける。縦横無尽に歩き回る、多種多様な人種の間隙を縫って。両手に薄汚れた一枚の紙片を握り締めて。そこに記された都市名を呪文のように唱えながら。

「……ニューヨーク」

 詠唱が途絶え、少女の歩みが止まった。不意に言いしれぬ孤独感に襲われ、足が竦んだのだ。

 感情を振り払うように、少女は頭を振った。前方を見据え、再び歩き始める。

 曲がり角を曲がろうとした時、直進してきた通行人とぶつかった。その弾みで少女は尻餅をついた。

 顔を上げると、大柄な黒人の青年が眼前に立っていた。目を剥き、肩を竦め、驚きの感情を露わにしている。少女の顔に怯えの色が滲んだ。

 青年は無言で少女を見つめていたが、ほどなく相好を崩し、右手を差し出した。少女は呆気にとられたようにその大きな掌を見返していたが、やがて両手で手に掴まり、立ち上がった。

 少女の横を通り過ぎ、青年が去っていく。少女は振り返り、青年の背中に向かって声を飛ばした。青年は足を止め、ゆっくりと振り向く。少女は上目遣いに青年を見つめ、問うた。

「ウェアーアムアイ?」

 質問者に向き直った青年は、穏やかな口調で、どこか誇らしげに答えた。

「ニューヨーク」

 目的地にはもう着いていたのだ。

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