蛇
その生物は佐古駅で汽車に乗り込んできた。体長一メートルほどの、胴回りの細い、緑っぽい蛇。音もなく床を這い進み、車両の中央付近、無人の座席の足元に落ち着いた。
車内に乗客は疎らだった。彼らの殆どが蛇の乗車に気づいたようだったが、誰も慌てたり怖がったりせず、スマホを弄ったり、連れの者と小声で会話を交わしたりと、自分の、あるいは自分たちの世界に没入している。
私は恋人のことを考えていた。私は高松の病院に入院する恋人を見舞うために、この徳島発高松行の鈍行列車に乗ったのだ。
汽車が駅に停まるたびに様子を覗った結果、蛇は刻々と進化していることが分かった。吉成駅に到着した時には体長が倍になり、勝瑞駅に到着した時には胴体が一回り太くなっていた。池谷駅に到着した時には蜥蜴を思わせる四肢が胴体から突き出し、板東駅に到着した時には蝙蝠のそれに酷似した翼が背中から生えていた。その姿は蛇というよりも――。
ダァゴ。
「この汽車は私が乗っ取った」
壮年男性の厳かな声が車内に響いた。ダァゴが発したのだ。一部の乗客の口から悲鳴がこぼれた。
「この汽車の支配権はもはや私の手中にある。この汽車が高松駅に辿り着くことは永遠に有り得ない」
窓外に目を向けると、汽車は線路上を走行するのではなく、夜空を飛行していた。
ダァゴが断言したのを引き金に、乗客たちは平常心を失い、泣き喚き始めた。神に祈る者、白目を剥いて口から泡を吹く者、壊れたように笑い出す者――。
そんな彼らを、ダァゴは冷めた目で見ていた。そして、「後生だから命だけは」と泣きついてくる者を、太い尻尾で次から次へと張り飛ばした。
恋人は、あと半月の命だと医者から宣告されていた。だから、汽車が高松駅に着かないのだとしても、私は悲しくはなかった。
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