甘言

「ぼく、ぼく」

 母親に使いを命じられ、初めて訪れる町を左見右見しながら歩いていた杜美也は、出し抜けに柔らかな声に呼ばれた。足を止めて振り向くと、大層立派な屋敷の門前に、作務衣姿のおじいさんが佇んでいる。金色の髪の毛、青い瞳のそのおじいさんは、皺だらけの笑顔で杜美也のことを見ている。

「屋敷に遊びにおいで。お菓子が沢山あるよ。面白いものも見せてあげる」

 知らない人からの誘いに乗っては絶対にダメよ。母親からそう注意を受けたことを忘れたわけではなかったが、おじいさんは悪い人には見えない。お菓子をくれるなら食べたいし、「面白いもの」がなんなのかも気になる。

 杜美也は首を縦に振った。おじいさんは顔の皺の数を増やし、身を翻して門を潜った。杜美也はおじいさんについていった。

 案内されたのは離れの和室。広さは十畳ほどで、脚が短い木製の机と、大きな画面のテレビが置かれている。机の上には大量の菓子が堆く積まれている。

「このお菓子はぼくのために用意したものだよ。さあ、たんとおあがり」

 おじいさんはにこにこしながら言った。杜美也は顔を綻ばせ、菓子を食べ始めた。饅頭、最中、大福、どれもとびきり美味しい。夢中になって菓子を食べる杜美也の様子を、おじいさんは机の向こうから笑顔で眺めている。

「では、面白いものを見せてあげよう」

 菓子をつまむ手が止まったのを見て、おじいさんはどこからか取り出したリモコンでテレビをつけた。映し出されたのは、杜美也と同い年くらいの少女が、満面に笑みを湛え、山ほど用意された菓子を一心不乱に食べている、という映像。

 突然、おじいさんが大きな声で笑い出した。おじいさんはテレビの画面ではなく、杜美也を見ていた。その青い瞳は極限まで見開かれ、ぎらぎらと輝いている。

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