朝、目を覚ました幸太は、自分の顔が美男子のそれに変わっている実感を抱いた。

 半信半疑で顔を撫でてみる。触った限りの印象は、昨日までの自分の顔ではなく、美男子のそれだ。

「あら幸太、今朝はやけにイケメンね」

 幸太を起こすべく彼の自室を訪れた母親が、彼の顔を一目見るなり言った。彼の母親は、息子に向かって悪意のある冗談を飛ばす人間では決してない。自分は美男子なったのだ、と彼は確信した。

 幸太は身支度を整え、徒歩で学校へ向かった。擦れ違う通行人はことごとく、放心したような顔つきで幸太の顔を見つめた。若い女性などは、幸太の顔を見た瞬間に足を止め、頬を紅潮させ、視界から消えるまで彼の姿を目で追った。異性から熱意をもって注視される経験が皆無だった彼は、この反応に気をよくし、王様にでもなった気分で通学路を闊歩した。

 クラスメイトの反応も同種のものだった。友人たちは平素の気安さを失い、目上の人間に接するかのような態度で幸太に接した。幸太の顔貌の醜悪さをからかうことを日課にしていた男子たちは、彼を遠目に眺めるだけで、何も言ってこない。幸太を陰口の種にしていた女子たちに至っては、公然と彼の顔についての話題で盛り上がる始末だ。掌を返したような一同のリアクションに、彼の胸は優越感を伴った喜びに満たされた。

 世の中、やっぱり顔だな。イケメン万歳!

 幸太は何度、心中でそう快哉を叫んだか分からない。

 一時間目の授業が終わり、今日はまだ一度も鏡を見ていないことに幸太は気がついた。生まれ変わった自分の顔を確かめておこうと、トイレへ行き、鏡の前に立った。

 映し出された顔を見た瞬間、人々が自分に注目した理由を幸太は悟った。

 チャイムが鳴っても幸太は教室には戻らなかった。

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