屋上の事件

 休日が来るたびに、私は小学一年生の娘を連れて、駅前の百貨店の屋上にあるペット売り場に足を運ぶ。

 その日も売り場は閑散としていて、獣臭かった。子供連れの客は私たち以外にはいない。妻子が買い物を済ませるまでの時間潰しに訪れたのだろう、冴えない風采の中年男性が数名、退屈そうにうろついている。

 娘はモルモットのケージを熱心に覗き込んでいる。ケージの中では、太ったモルモットが黙々とキャベツを食べている。

 二人でその姿を眺めていると、こちらに近づいてくる者がいる。薄汚い身形をした老年の男だ。どことなく様子がおかしかったので、私は男の一挙手一投足に注意を払った。男は娘の横で足を止め、据わった目で彼女の横顔を凝然と見つめる。

 堪らなく嫌な予感がした、次の瞬間、男がいきなり、娘の頭をグーで殴った。

 私は愕然として男の顔を見返した。男は娘の頭を連打し始めた。

「ちょっと! 娘に何をするんですか!」

「うるさい! こいつ、うるさい!」

 男はヒステリックな声を撒き散らす。

「うるさい? 娘は黙って、大人しく、モルモットを見ていたじゃないですか」

「うるさい! うるさい!」

 対話を試みても無駄だ、と判断した私は、娘をかばいながら売り場から逃げ出した。男は追ってこなかった。叩く力は弱かったらしく、娘は怪我をしていなかったので、119番も110番もしなかった。

 一言も喋らずにモルモットを見る娘の、どこが、何が、うるさかったのだろう? 加害者に問い質す機会は二度と訪れないだろうから、真相は闇の中、ということになる。

 ただ、売り場から逃げ去る私たちを見送る男の表情は、どこか物足りない様子だった。

 謎を解く鍵は、もしかすると、そこに隠されているのかもしれない。

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