第4話 バイト上がりは驚きの味

歩きなれた道を通ってバイト先である喫茶店に向かう。


今日のシフトは休みなので行く予定はなかったが、昨日仲直りすることのできた早織との約束があるので向かっているのだ。


今は8時を少し過ぎたくらいなので、お客さんもいなくなってちょうど良いくらいだろう。



相変わらず優しい花の香りがして心地よい店先に近づくと、早織と美香さんの話し声が聞こえてきた。



「むー!達也来ないじゃん。私のカプチーノは?」


「うーん、来ないみたいだね。でも、仲直りはできたんでしょ。良かったじゃん。」


「約束したんだよ!」



昨日美香さんのカプチーノには敵わないとか言っていたので、そこまで楽しみしてくれているとは思わなかった。



「まあまあ、今日も一生懸命働いてくれた早織ちゃんには私が入れてあげるから、、、あー、心配しないでもよかったみたい。」


「え?どういうこと。」


「こんばんわ。美香さんお疲れ様です。」



店内に入った俺にすぐ気がついた美香さんは手を振ってきて、声をかけるまで気がつかなかったらしい早織は、後ろでまとめた髪を振り回しながら、驚いた様子で振り返ってきた。

あ、でも少し顔が引きつっている。



「早織?ちょっと怒ってる?」


「ん!遅い!もう来てくれないのかと思ったじゃん。」


「いや、バイト中に来てもカプチーノ入れられないし。」


「早織ちゃんは達也くんがいなくて寂しかったのよ。」


「な!美香ねえ!」


「今日も疲れたから私はもう帰るね。達也くん戸締まりよろしく。」


「分かりました。キッチン借ります。」


「美香ねえ〜〜!」



さっさと帰っていく美香さんの背中に向かって、早織がほえる。ちょっと顔が赤くなっているし、美香さんにからかわれたのが恥ずかしいのかな。



「早織、今日の分のカプチーノいるんだろ?」


「いるいる!」


「なら、大人しく座って待ってろ。」



ちょこんと昨日と同じ俺の目の前にあるカウンター席に早織は座った。


俺も道具の準備は終わったので、カプチーノを作りはじめる。昨日は美香さんに負けてしまったので、今日こそは勝ちたい。美香さんの入れたものの方が美味しいと俺も思っていたが、実際に負けてみると案外悔しかったのだ。

気合を入れてカップに注いだカプチーノを早織のいるカウンターに置く。



「どうぞ。本日のカプチーノになります。」


「はい。いただきます。」



そう言ってカップを手にとった早織は、カプチーノをごくごくと飲んでいく。


そして、ほぼ一気飲みくらいの早さで飲み干した早織は、ごちそうさまと言って、飲み終わったカップを持ちキッチンの方に入ってきた。


早織が洗い物をすることで、また俺がカプチーノを入れることになるという約束のために、洗いものをするつもりなんだろう。



「ん?どうしたのそんなに見てきて。」


「いや、どうだった?」


「うーん、あっ!」



今日は、味について何も言わなかったので気になって見ていたら、バレたようだ。なので、大人しく聞くことにすると、何故か早織が急にニヤニヤしだした。



「ほんとにあの達也が入れたのってくらい美味しかったよ。まあ、美香ねえには敵わないけどね〜」


「それはどうも。美香さんのことは聞いてないし。」


「私の1番のカプチーノになれるようにがんばってね。」



ついでに、何を考えていたのかもバレていたみたいだ。そのとおりなのだが、ニヤニヤしながら言われると少しイラッとくる。



「でも、ほんとに美味しいんだよ。お店で出ててもおかしくないくらい。あっ、もうお店でも出しているの?」


「出してないよ。美香さんには練習で付き合ってもらったけど、誰かのために入れたのは早織ではじめて。」



早織との仲直りのきっかけになればいいと思って練習していたので、満足のいくものが出せるようになったら最初に入れるのは早織にしようと決めていたのだ。なので、ちゃんと誰かのために入れたのは昨日のカプチーノがはじめてなのだ。


自分でも恥ずかしい理由だとは思うし、早織の方から仲直りしに来てくれたので、予定が狂ってしまったが、早織の喜ぶ姿が見れたので良しとしよう。



「…やくそく」


「え?」



急に顔を伏せた早織は、消え入りそうな声で何か言ってきたが、聞こえなかった。顔は見えないが、耳が真っ赤だ。


急に変わった早織の姿に戸惑っていると、バッと真っ赤に染まった顔を近づけてくる。



「約束!覚えてるの!」


「え、なんの?」



約束と言えば昨日させられたカプチーノのことくらいしか思いつかない。昨日のことを覚えてるのと聞くわけもないので、訳がわからず聞き返してしまった。


しゅんとなって寂しそうな目をする早織を見れば、答えを間違ったことだけはわかる。

俺は何か大事な約束を忘れているのか。


そんな顔の早織を見ているだけで、何故か胸が苦しくなってくる。



「もういいですよー。たとえ、達也が覚えてなくても、私が覚えているんだから約束は守ってもらうからねー。」


「早織?」


「はい」



早織は、今洗ったばかりのコップを俺の手のひらに置いてきた。おかわりを要求しているのだろう。


早織に寂しそうな顔をさせたくないが、原因が分からないので、大人しくカプチーノを入れることにする。


さっきみたいな見ていて辛くなる顔はしなくなったが、めちゃくちゃ不機嫌になった早織は4回目のおかわりまで、まともに口も聞いてくれなかった。



「お腹たぷたぷでしんどいじゃない!」


「そりゃ、あんだけおかわりすればね。」



ついでに理不尽な理由で怒られた。

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