第3話 帰り道は仲直りの味
全ての窓の鍵をかけていることを確認して、裏口から店をでる。
鍵は合鍵を預かっているので、美香さんに返しに行く必要はない。カプチーノを入れるための練習で閉店後も残ることもあったので、最近ではもう借りてしまっている。
裏から回って店の表に行けば、今日久しぶりに話すことのできた幼馴染が退屈そうに立っている。
俺が近づいていることに気づくと、こっちに向かって全力で手招きをしてきた。
「達也~、はーやーく!おいていくよ。」
「どうぞ、お構いなく。」
「よーし。今日もちゃんと私を送ること!」
相変わらずこちらの話を聞かない早織の横に並んで歩く。俺と早織の家はかなり近いので、自然と一緒に帰ることになる。
バイトに行くためにほぼ毎日通っているはずなのに、わがまま幼馴染が隣にいるだけでひどく懐かしく感じるのだから不思議なものだ。
「達也がカプチーノ入れれるとは。いつの間に練習したのよ。」
「美香さんのところでバイトを始めてすぐに教わりだしたから、半年くらい前。」
「ふっふっふ。これからはいつでも飲めるようになったんだね。」
「別に前から毎日のように飲んでたでしょ。」
いつからだったか早織は毎日のようにカプチーノを飲むようになっていた。もっと昔はそんなことなっかたと思う。まあ、その頃は今のようにわがままで、私についてきなさい!といった感じではなかったはず。
早織にもそんな可愛いときがあったのだ。俺の後ろをとぼとぼとついてくるようなときが。俺は、妹みたいだなとか思っていた。
「ん?なによ。」
「何でもない。そっちこそ急に美香さんのところでバイトとかどうしたんだ。」
残念そうに見ていたのがバレたようだ。怒り出す前にとっさに話題をかえる。多少強引だとしても、こういうのはスピードが大事だ。
俺がいると気まずいだろうに、わざわざ美香さんの店を選んだ理由については普通に気になっていたしな。
「昔みたいに名前を呼んでくれないと教えてあげません。」
昔のようにとは、あれのことだろうか。高校生にもなってあんな呼び方をするのは中々に恥ずかしい。そんな呼び方をしていれば周りからすれば、バカップルに見えると思うのだが。
そんなことを言っていても、経験上最終的にはわがまま幼馴染の思うようになることを知っているので、羞恥心を噛み殺してさっさと言ってしまうことにする。
「さおちゃん。おしえて。」
「っ!そんなの決まってるじゃない。達也がいるからよ。」
「え?」
少し照れてそっぽを向いた彼女は、素っ気なくそう言ってきた。
「それに店長が、美香ねえって言うのも選んだ理由ね。」
美香さんが店長だから安心できるというのは分かるが、俺がいるからというのはどういうことだろう。彼氏でもないし、それどころか2年くらい話していないので、いくら早織だといっても気まずく思うはずだ。
俺も今日の最初の方はだいぶきつかったし。変わらない彼女を見て、いつもの調子を取り戻したのは中盤くらいからだ。
「達也ともいい加減仲直りしたかったのよ。ちょっとはマシになったんでしょ。」
「あ、ああ」
どうやら、俺は気を使われていたようだ。この調子だと俺が、仲直りすることを踏み出せずにいたことも気づいているのかもしれない。
言いたいことはもっとあるだろうに、彼女はそれ以上何も言わなかった。あの人のことを話すのはまだ苦しいので、正直助かる。
思い返してみれば、嫌なことを乗り越えるときには早織がいた気がする。いつものわがままな彼女の優しさに救われていたのだ。
だが、早織の優しさに甘えてばかりいられない。ちゃんと仲直りする為に、早織と向かい合って言う。
「早織。ごめん。あの時は、もう関わるなとか言って悪かった。ちゃんといつか話すから。」
「分かった、待ってる。許してあげる。だから、」
さっきまでの暗い雰囲気を感じさせずに、早織はいつもの笑顔をみせた。
「これからは毎日達也が私のためにカプチーノを入れること!」
人差し指を立てそう言ってくる早織の姿に、何故か小さい頃の彼女の姿が重なった。大切な記憶のような気がするが思い出せない。
まあ、いいか。今は、わがままで、カプチーノが好物で、理不尽で、そして優しくて、、、大好きな幼馴染と仲直りできたことを素直に喜んでおこう。
「分かりました。でも、明日は休みだからお店行かないんだけど。」
「な!そこは私のカプチーノのために来なさいよ。」
「美香さんがいるでしょ。」
「私と達也の約束だから、美香ねえは関係ないじゃん。それに、達也のカプチーノ美味しかったもん。」
「それはどうも。」
「まだ美香ねえにはかなわないけどね~」
そんな感じでくだらないことを話しながら、並んで歩いていると早織の家が見えてきた。ころころと表情をかえる彼女は見ているだけで面白い。
家につくころには、最近少し感じていた退屈さはまったく感じなくなっていた。
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