第2話 閉店後はなつかしの味
閉店時間である夜の8時が近づいてきた。ハートストライプのピークは6時くらいなので、この時間になってくるとお客さんはほとんどいなくなる。なので、俺はいつもの様に洗いものをして、食器をもとの場所に戻していく。
相変わらず不器用な早織が、何枚か落として割ったのでいつもより少ない。
そしてそのことで、何故か俺がカプチーノを要求された。いつもの様に、達也、カプチーノ!といった感じで。どんどんストックが増えていくな。まあ、これについては対策があるので後で実践してやることにする。
店内に残っているのは、お会計をしているお客さんで最後だ。
美香さんに教えてもらいながら、慣れない手つきでレジを操作している早織の仕事が終われば、今日も閉店だろう。
「「ありがとうございました!」」
大体の片付けを済まし表に戻ると、美香さんに被せる早織の声が聞こえてきた。
レジ打ちとか料理を運んだりとかは、慣れずにおどおどしていたのに、挨拶だけは誰よりも大きな声だ。
元気な挨拶は、いいことだけどね。出来たら、お皿は割らないでほしかったかな。
「美香さん、片付け終わりました。」
「よし!じゃあ、今日はこれくらいで終わりにしよっか。」
「疲れた!達也!」
早織は、そう言いながら手のひらをこちらに向けてくる。
これは、あれだ。早織が、カプチーノを要求してくるときのポーズ。
本当に変わらないその姿が懐かしくて、美香さんと一緒に少し笑ってしまった。
「笑ってないで、早くちょうだい!」
「はいはい。美香さん、戸締まりはしておくので、少し借りてもいいですか?」
「あー、そっかそっか。達也くん、いっぱい練習したものね。」
俺が何をしようとしているのか察した美香さんは、おつかれーとだけ言って、隣にある家に帰っていった。
隣にいる早織は、不満そうな目を向けてくる。誰が私のカプチーノを入れてくれるんだとか、思っているのだろう。
「美香ねえが、帰ったら誰が私のカプチーノ入れてくれるのよ!」
「美香さんも、朝から仕事で疲れているだろ。」
「そ、そうだけど、、、あっ!達也が入れればいいじゃない。」
「はいはい。最初からそのつもりだよ。」
閃いたと言わんばかりにこっちを見てきた早織にそう返してやると、今度は彼女の顔は驚きに染まった。
「えっ、達也カプチーノの作れるの?」
「練習したんだよ。ここで働いて半年も経つんだから。」
未だに驚いている早織を横目にカプチーノを入れるために道具を準備していく。
これが、早織の要求に対する対策だ。そんなに、カプチーノカプチーノ言うなら、俺が入れてやろうということだ。
美香さんのカプチーノでなければ嫌だ!とか言うかもしれないので、彼女の味を再現できるように練習してきた。
これでまた理不尽に求められても、財布はいたくないとか言いながら美香さんに教わった。
そんなことを言いながらも、疎遠になったことを後悔していた俺は、これがきっかけで仲直り出来たらいいなとか思ってもいたわけだが。
恥ずかしいので本人には言わない。だが、お詫びも込めて全力でじぃーと見てくる彼女の大好物のカプチーノを入れることにしよう。
「あ〜、いい匂い。美香ねえが入れてるみたい。」
「美香さんに教わったからな。」
文句を言われるかと思っていたのだが、嬉しそうに足をぷらぷらさせながらカウンターに座る早織を見て安心する。
カプチーノのエスプレッソ、スチームミルク、フォームミルクの割合は、一般的に1:1:1と言われているが、早織の好みに合わせてミルクを多めにし、キアロと呼ばれるものを作る。
湯気をたてて、良い香りを漂わせる力作のカプチーノを早織の前に置く。
表面には、ハートマークにココアパウダーで横棒を2本書いて、お店のロゴマークである「ハートストライプ」が浮かんでいる。
横棒なら、「ハートボーダー」じゃないのかと思うのだが、美香さんに聞くと怒られて、力仕事をたくさん押し付けられた。理不尽!
「はい、どうぞ。カプチーノになります。」
「すごい!ハートストライプじゃん。可愛いけどいただきます。」
「もう少しゆっくり飲んだらどうだ。」
そんな俺の言葉を気にせず、ごくごくと飲んでいく。
猫舌の俺からすれば熱くないのかとか、好きならもっと大切に飲んだらとか思っていたが、こう美味しそうに飲まれると入れた側としても嬉しくなる。
小さい頃、早織のカプチーノを飲む姿を見て、喜んでいた美香さんの気持ちが少し分かった気がした。
「はあ〜。ごちそうさまでした。」
「美味しそうで何より。」
「あ、洗いものはするよ。」
「えっ、急にどうしたの。珍しい。」
「だから、またカプチーノを入れてよね!」
美味しかったと言いながら、嬉しそうに早織は洗いものを始めた。もう次に入れてもらうカプチーノのことでも考えているのだろうか。
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