第34話 青い鳥の正体

目的の物黄金の虎を手に入れたロミオはシンマチ地区に足を運んだ。

まだ昼前の時間帯ではあるが、営業している店もあり、夜は接待側の人間が、客として羽根を伸ばしている。

ロミオの目的地のロージィ・ナイトは夜の営業のみであり、店の前は静かである。

裏口にまわり、合鍵で事務所に入る。

事務所には、ゆっくりとした動作で掃除を行うメイドが一人と、ソファで眠る子供が一人。

ホストクラブにはありえない取り合わせだ。

「お帰りなさいませ、旦那はん。ジュリお嬢様は朝食食べてちょっと寝てはります。」

「みたいだな。」

ロミオは手に持ったボストンバッグを机の上に置いた。

中から木箱を取り出す。

「なんです?これ…?」

「俺のお宝。純金の虎の像だ。」

ロミオは金の指輪を一つ、指にはめる。

『金属操作』

ロミオが念じると、指輪はうねり、針のように変形し、鍵穴に吸い込まれていく。

カチャリ、と錠が開く。

ロミオは丁寧に鍵を外し、木箱を開けた。

中から現れたのは、黄金でできた、デフォルメされた虎の像。

「…あーもしかして、前ちょっと言ってはったアルカディア・ケミカルの宝物です?」

「そうそう!噂に聞いてから早三年、やっと手に入れたぜ。」

かつてドーシュ近隣に存在した、薬の神のご利益があるお守りとして流通していたモチーフを模して作られた『張り子の虎』だ。

本来は紙など軽いもので作られ、首が動くのだが、純金製であるため、首は傾いたままだ。

ロミオがドーシュに来て、アルカディア・ケミカルで働いていた理由。

それはホノサキが所有しているという家宝の黄金像を手に入れることだった。

「そうですね。でも、三年って、思ったよりも時間掛かりましたね。」

「いや、給料払がよかったし、つい。」

ロミオももっと早くに手に入れるつもりだったが、報酬の金の延棒インゴットが思いの外たやすく手渡されたため、長く居着いてしまった。

しかし、アルカディア・ケミカルから報酬として受け取った延棒は、ジュリとの引き換えで手放した量も多いのだが。

「…旦那はん、私、まだ分かりませんのやけど。」

「何がだ?」

「黄金狂いの旦那はんが、生身の人間のために金を手放したことです。ジュリお嬢様の時の報酬、破格やったのにまるまる手放しはったんですよね?」

「?何いってんだ?金はちょっっっっっっっとしか手放してないぞ?」

「……はい?」

「俺の能力、忘れたわけじゃないよな?」

ロミオは金のネックレスを指先で叩く。

すると、ネックレスは蛇のようにロミオの手に絡みつき、広がり、布のように薄く伸びた。

「……まさか金メッキ!?」

「そそ。金と同じ重さになるように、合金を作ったんだ。それを懇切丁寧に包み込めば…」

ケケケ、と悪戯が成功した子供のように笑う。

「それに、メッキに使った分の黄金ならすぐに回収できそうだしな。」

「?どういうことです?」

「そうだな、お前には話しても良いかもな…密度19.32グラム立方センチメートル、なんのことか分かるだろ?」

ヒロネはしばし考え込むような動作をし、そしてああ、と一言。

「純金の密度ですね。それが?」

「ジュリの検査記録にそれが書いてあった。曰くまだ初期段階で詳細な検査が必要らしいけどな。」

「…えっと、それってどういう。」

「つまり、コイツの血中には微量の金が含まれていた。しかも、教団から連れ去った直後では出てきてない。俺の家に来てから、出始めたそうだ。そうなった要因は俺には分からんが、まあ色々と利用できる体質だ。傍に置いても損はなかろう。」

ヒロネはようやく理解した。

この不幸な少女を攫って手元に置いているのはまかり間違っても恋慕でないということを。

金が採取でき、もしそれが上手くいかなくても彼女の特殊な体質なら、欲しがる人間は後を絶たない。

手元に置くにしても手放すにしても、ロミオには損がないということだ。

しかし、まさか体に金を含む人間がいるとは!

「まさか、ジュリお嬢様の血液を搾り取って『金属操作』で集めるつもりやないでしょうね…!」

ヒロネはロミオから守るようにジュリの側に寄る。

その様子にロミオはため息を吐いた。

「それだと取れる金に限りがあるだろ?それに、どんくらいの割合で含まれてるか、どれくらいの速度で金が増えるのか調べるほうが先だ。より長く、多く『採取』するにはな。」

邪悪そのものの笑みを浮かべるロミオに、ヒロネは冷たい目線を投げつけた。

「…調べるって言っても、知ってはるの旦那はんとキリシマはんだけでしょ?キリシマはん、今多分警察の取り調べやと思いますし、万が一、有罪とかで刑務所に入ったら、かーなり時間かかりますよ?」

「あいつはそんなヤワじゃない。手を尽くして、すぐに出てくるさ。…それにしても、これでようやくジュリも自由だな。教団の奴ら、本当にジュリが死んだと思ってやがるぜ。」

「旦那はんの手元にいるなら、捕まってるのと同じ気がしますけど…でも旦那はんだけ、生き残ったってよう信じましたね。」

「教祖のババアは俺の言う事なら何でも信じてやがるからな。…それに、その辺で死んでたガキにジュリの服着せて荼毘にしてたら、その骨、ありがたく持って行きやがったぜ。」

「…なかなかアレなことしますね。旦那はん。」

「身代わりのガキもその辺で朽ちるより、誰かに大事にされた方がマシだろ。ま、代わりにジュリを救ったんだから人道的にはプラズだぜ。」

ヒロネは複雑な表情をしながら、一つ思い出したことをロミオに伝えた。

「そういえば旦那はん、なんでジュリお嬢様が『ブルー』って呼ばれていたかわかります?」

「興味ねえ。」

「そんなつれない…お嬢様なんですけど、腰のところに青い痣みたいなんがあるんです。鳥みたいな。もちろん、怪我やなくて。」

「痣?入れ墨か?」

「そうではなさそうなんですけど、鳥が羽広げたみたいなんです。多分生まれつきか、相当幼い頃からあるみたいです。それと、人々に幸せを運ぶっていう、『青い鳥』にちなんで『ブルー』だったそうです。お嬢様の本当の名前を知っているのは、教祖はんだけやったみたいですよ。」

「青い鳥ねえ…確かに、俺にとっては幸せを運んでくる青い鳥だな。…ところでヒロネ、腹が減った、飯。」

「出かける前にご飯食べたやないですか。」

文句を言いながらも、店のキッチンに向かった。

「あ、ご飯はお店の方に持っていきますさかい、そっちでお願いしますね。ジュリお嬢様寝てはるさかい。」

「あいよ。」

ロミオはジュリが眠るソファの向かいに座り、彼女を見つめる。

最初は素肌も見えるほど短かった髪が、今では二センチ程。

薄い色の髪は、カーテンから漏れる光に溶け、キラキラと輝いている。

もう少し伸びれば、髪の色もはっきりと分かるが、ロミオの好きな黄金の名を持つ色に違いないのは明らかだ。

「早く成長してくれよ…ぐふふ」

少女を見つめてゲスな笑いを浮かべるさまは、間違いなく警察に連れて行かれるだろう。

だがそれを咎める人物は、残念ながら部屋にはいなかった。

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