第33話 反撃!お嬢様の純情!
カラサキ率いる下層調査部が崩壊したという知らせを、ホノサキは最初信じようとしなかった。
たかが下層の新興宗教一つに、巨大企業の武装集団が完膚なきまでに潰されたのだ。
教団本部の建物が崩落したというニュース自体は、建物の老朽化と、不正使用していた教団が起こしたガス爆発という結論で片付けることが出来た。
しかし、アルカディア・ケミカルの
創業者一族の中で、ホノサキが今の地位に上り詰めたのは下層住民を実験台にした製品開発に他ならない。
主任のカラサキは辛うじて軽傷だが、部下達は大怪我を追った。
死者が出なかったのが不思議なくらいだ。
「ロミオは危険な男です。もしかしたら、こちらが把握していない何かを持っているのかもしれません。」
カラサキはホノサキに報告する。
爆発する直前、建物全体に妙な音が響いたのだ。
骨が割れるような、内部から破壊されるかのような音。
特殊な仕掛けがあったのかもしれないが、ロミオがカラサキも知らないような
そう感じたのだ。
数年仕事を共にしていたが、ロミオは決して手の内を見せようとしない。
考えてもみれば、UMEDAから来た『
「所長、あの男は一体、何者なのです?」
「それはコチラが知りたいわ。私は、キリシマ主任が推薦したから採用しただけ。」
「ではキリシマ主任に聞きましょう。彼は今どこに?」
ホノサキの眉間に深く皺が刻まれる。
「
ホノサキが忌々しげに外を眺める。
そして眼下に広がる光景に、ひっ、と悲鳴を上げた。
「警察…?どういうこと!?」
その叫びに答えるように秘書が慌てて部屋に入ってくる。
「所長!大変です、警察の捜査です!」
「どういうこと?一体なんで…」
「それが、誘拐と、非人道的実験の容疑で、所長の逮捕状も出ているみたいです…。」
「!…できるだけ時間稼ぎなさい。私が捕まればあなた達は仕事を失うのよ!」
ホノサキの叫びに、秘書は廊下に飛び出した。
ホノサキは金庫を開けると、小さなアタッシュケースを取り出した。
「所長、一体どこへ?」
「逃げるのよ。これがあれば、私を匿う人間が居ない訳じゃないわ。」
アタッシュケースの中身は、ジュリの血液サンプルを凍結させたもの。
すなわち、超回復ウイルスが眠っている。
「カラサキ、たとえ捕まっても、何も喋らないで。もし、喋ったら…私達の病院で看ているあなたの娘は、どうなるでしょうね?」
「!所長!私はそのような真似をする人間ではありません。」
「その言葉、信じるわ。じゃあ、さっさと下層への脱出ルートの確保をなさい。今すぐに!」
「わ、分かりました!」
カラサキが部屋を出るのを見届け、ホノサキは金庫の奥の隠し扉を開いた。
中から現れたのは、木箱。
高価なワインボトルを入れる箱のようなものだが、鍵がかけられている。
「っ、流石にちょっと重いわね…!」
ホノサキは木箱と血液サンプルをボストンバックに入れると所長室を出た。
エレベータから隠しコマンドを入力し、地下駐車場まで直通で降りる。
ホノサキが降りた地下駐車場は、会社の幹部のみ使用する場所であり、幹部のパスコードがなければ入ることも出ることもできない。
人影は、先に降りたカラサキ以外はいない。
「所長、車は無理です。入り口は固められています。隣のビルから出ましょう。」
駐車場の出口は警察車両で固められており、車での脱出は不可能だった。
カラサキは更に地下にある、機関室からの脱出を提案した。
建物が高密度で立ち並ぶ上層では、ビルの空調機関を高効率化するため、複数の建物で機関室を共有している。
その機関室を通り、隣のビルから脱出するということだ。
隣のビルもアルカディア・ケミカルと縁深い建物であるため、カラサキの権限で使える車がある。
車に乗り込み、二人は注意深く外へと出た。
二人の思惑どおり、ホノサキは警察とマスコミの目をくぐり抜けて上層エリアから脱出した。
状況を確認しようと、カラサキはラジオをつける。
流れてくるニュースは、アルカディア・ケミカルのスキャンダルばかりだ。
とある金融機関の筋から、情報が提供され証拠が確認できたため逮捕に踏み切ったという。
金融機関、でホノサキの頭に思い浮かんだのは、暫く有給を取っていたエリナだ。
「あの小娘…!でも証拠なんて、一体どうやって!」
顔を歪ませ、ホノサキは怒り狂う。
「他にも裏切り者がいるわね…決して、許さないわ。」
「所長、今は堪えて下さい。今は、身の安全が第一です。」
「それくらい分かっているわ!嗚呼!本当に忌々しい!」
二人が向かった先は下層エリア第四階の物流ターミナル。
そこから大都市UMEDAに逃れ、ホノサキの親戚を頼る算段である。
UMEDAに身を隠し、全ての罪をジョウに被せる手はずを整えるのだ。
乗ってきた車を乗り捨て、別の車に乗り換える。
アルカディア・ケミカルが所有する車は数多あり、外都市に向かうための社用車もターミナルには多く用意されている。
その一つにホノサキとカラサキは乗り込もうとした時、彼は現れた。
「よう、所長。お久しぶりですね。」
黒い髪に切れ長の黒い目。
悪趣味な金のネックレスをつけた男。
ロミオだ。
「貴様!どうしてここが!」
「いや、上層で騒ぎがってニュースにあったんで、ここに来るかと思いましてね。」
ニヤニヤと笑うロミオにこれ以上無い怒りを二人は向ける。
「…まさか、あなたの目的は。」
ホノサキはボストンバックを強く引き寄せた。
「御名答!俺の狙いは、ずっとそれですよ。所長の家に代々伝わる神像、黄金の『虎の神像』!大人しくそれを渡してもらえれば、見逃しますよ。」
「フン!あなた一人、どうにか出来ないと思って?カラサキ!」
ホノサキはカラサキに命令するが、彼は動かない。
「所長、多勢に、無勢です。」
「?どういうこと?相手は一人じゃないの!」
「さすがはオッサン!…皆の者!この女こそ、我らのブルー様を亡き人とした張本人だ!」
ロミオの芝居がかった台詞に、ターミナルの車の間から何人もの人影が出てくる。
皆、生気のない表情に目だけがギラついている。
その中には、『幸福の籠』の教祖であったムラサキもいた。
「ひっ!」
狂信者達の異様な空気に、ホノサキは悲鳴を上げる。
「よくも我らの青い鳥を!」
「私達の奇跡を!」
膨れ上がった狂気にホノサキはただ、逃げ出した。
無我夢中で逃げる。
走り出した時に、家宝も、莫大な富を得る
もし捕まれば、怪我だけではすまないだろう。
死の恐怖が、ホノサキを支配したのだ。
散り散りに逃げたホノサキとカラサキを信者たちは追いかける。
ロミオはその様子をじっと見つめている。
そして、人がまばらになった頃合いに、目的のボストンバッグを拾い上げた。
ずっしりと重たい。
「ああ、やっと会えたぜ
そしてうっとりと、気持ちの悪い笑みを浮かべたのだ。
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