第32話 守り抜け!黄金少女~大脱出~
建物の外ではカラサキとその部下達が集まっていた。
先に侵入したはずの部下からの通信が途絶え、カラサキは苛立ちを隠せない。
爆弾をセットしたはずの部下も、ジュリを拉致するはずの部下も。
おそらくロミオがやったのだろう。
ロミオは、カラサキが知る限るもっとも有能な人材だ。
その細身の体からは信じられない体力、頭の回転。
機械の操作などは、少し教えれば使いこなす要領のよさ。
金の亡者であることを隠そうともせず、故に行動原理も単純だ。
余計な感情移入がない分、扱いやすい。
そう思っていたが、今回のジュリに関しては違った。
アルカディア・ケミカルに送り届けたと思った矢先、ジュリが欲しいと
しかも、自分が大事にしていた黄金と引き換えにだ。
仮に恋慕ゆえの行動だとしても、あの程度の黄金ではジュリとは釣り合わない。
カラサキも、その上司のホノサキもそう考えている。
今まで捕まえた実験体と比較してもジュリの体質は唯一無二であり、有用性は計り知れない。
なんとしても生きたまま奪取しなくてはいけない。
万が一、ロミオと心中などなれば全てが水の泡だ。
だから、最大の戦力で攻める作戦に切り替えた。
いかに、優秀とは言え、所詮はただの人間。
圧倒的物量の前では、どうにもならない。
カラサキは既に解錠している正面玄関から突入を計画した。
更に裏口と、以前ロミオが侵入した吹き抜けの上部、ガラス戸からの三方向から一気に攻める。
「隊長、突撃準備完了しました。」
「よし。突入だ。」
カラサキの言葉と同時に黒い影が建物に押し入った。
だが。
「なっ、うわああ!」
「ぎゃあ!」
大きな物音と共に正面玄関から突入した隊員達が何かに押し出され、玄関前に倒れた。
衝撃が強かったのか、立ち上がることもままならない様子だ。
「どうした!?」
「あ、あ」
カラサキが正面玄関を見ると、木の柱が地面と平行にぶらりと揺れている。
扉を開けると吊り下げられた重りが放たれ、扉付近に衝撃を与えるトラップが仕掛けられたのだ。
最初の突入時には作動しなかったので油断していた。
いかに防弾スーツとは言え、物理的な衝撃は軽減できない。
カラサキが平常心を取り戻そうとするが、更に爆発音が響いた。
裏口の方だ。
「どうした!応答せよ!」
慌てて裏口から侵入した部下に問いかけるが、返事はない。
ザーザーと、音がするのみだ。
「ちっ、残るは上か…!」
カラサキの思い虚しく、上から侵入を試みた部下からの通信も途絶えた。
イヤホンには、くぐもったうめき声が聞こえるばかりだ。
「くそっ!どうなっている!…正面玄関のトラップは恐らく一度きりだ。なんとしても、実験体を捕まえるぞ!」
カラサキは武器の装填を確認すると、部下を伴って侵入する。
予想通り振り子のトラップは一度きりで、他には仕掛けられていない。
薄暗いエントランスの先には白い祭壇が鎮座している。
暗視スコープでその輪郭ははっきりと浮かび上がっている。
トラップがないか確認しながらゆっくりと部隊を展開する。
目的地は
他の侵入チームが何らかのトラップに阻まれた以上、なんとしても実験体だけは確保しなければいけない。
カラサキは焦っていた。
しかし彼の焦燥を嘲笑うかのような声が、エントランスに響いた。
「いらっしゃいませお客様。特製トラップのお味はいかがでしたかな?」
紛れもないロミオの声。
上からだ。
カラサキが上を見上げると、最上階の廊下から見下ろすロミオの姿が確認できた。
「なーんてな。不法侵入の上に誘拐しようなんて、相変わらずですねぇ。」
「黙れ。」
カラサキは長距離麻痺銃をロミオに向けた。
「おっと!こいつがどうなってもいいんですか?」
ロミオは傍らにいたジュリを持ち上げてカラサキに脅しかけた。
今ロミオに麻痺銃が命中すれば、ジュリが吹抜けから落下する危険がある。
カラサキは銃口を下げる。
「そうそう。そのまま、俺たちを見逃してはくれませんかね?コイツの対価は、しっかり所長に支払ったんですよ?」
「その実験体の価値は、あれ程度の金では釣り合わん。貴様には理解できんかもしれんがな。」
「そんなことはないですよ!コイツの価値は、どれだけ黄金を積んでも足りない。それくらい、分かってますって。さて、話し合いはやっぱり無駄みたいですから、俺たちは逃げますね。」
ロミオの言葉が終わるやいなや、エントランスの祭壇が爆発した。
閃光と轟音が響き、近くにいた隊員達は耳を抑えてうずくまった。
「くそっ!閃光弾か!?」
光が収まる頃にはロミオの姿は消えていた。
「探せ!まだ外には出ていないはずだ!」
カラサキの指示に部下たちは一斉に動いた。
ロミオはジュリを小脇に抱えて最上階の一番端の部屋に向かう。
「ヒロネ、準備はできているか?」
「あ、旦那はん、お帰りなさいませ。準備はできてます。」
部屋ではヒロネが待機していた。
彼女の周りにはアタッシュケースが三つ。
大きなリュックサックが二つ、床に転がっていた。
窓は開け放たれ、脱出用のロープが垂れ下がっている。
「私は後で参ります。旦那はんとお嬢様は先にどうぞ。」
「あいよ。」
ロミオはジュリを床に下ろすと窓に近寄る。
「俺は先に行くぞ。ジュリに降り方教えてやれよ。」
ヒロネにジュリを丸投げしてロミオは一人で先に脱出した。
「旦那はん!もう!ジュリお嬢様、旦那様はああ仰っしゃいましたけど、一緒に降りましょ。」
ヒロネは窓から身を乗り出し、ロミオが地面に着いていないのを確認する。
「旦那はーん!今から荷物投げますから当たらんといてくださいね!」
ヒロネは荷物を抱えると階下に投げ下ろした。
ドスン、と落下音が荷物の数だけ聞こえてくる。
中身はかなり重量があるようだ。
「ほな、ジュリお嬢様、降りましょか。」
ジュリを前に抱えると、ヒロネはロープを下がっていく。
下ではロミオが荷物を確かめている。
「ヒロネ!壊れたらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ。貴金属はちゃんと衣服で包みましたもん。」
リュックサックの中身はロミオが先程ムラサキの部屋から盗んだ貴金属と現金のようだ。
アタッシュケースの中身は、言わずもがなロミオの
ロミオはブツブツと文句を言いながら、壁に手を当てた。
「さて、後始末といきますか。」
ロミオの指輪が変形する。
細長い針のように変形し、壁に突き刺さっていく。
「よし見つけた。…『金属操作・破断!』」
ロミオが念じる。
金の指輪を通して、教団本部を構成している鉄骨や鉄筋に、『割れろ』と命じたのだ。
破裂音が走り、建物が揺れる。
「ヒロネ!ずらかるぞ!」
「はい!」
いつの間にか荷物を全て背負ったヒロネが、ジュリの手を引いて路地へと逃げ込む。
反対側の手には、アタッシュケースを一つ。
ロミオは残りのアタッシュケースを持ち、その後を追いながら、教団内部に仕掛けた爆弾のスイッチを起爆した。
ロミオが構造部材を破壊したことと、おそらくカラサキ達が仕掛けた爆弾も誘爆したのだろう。
凄まじい早さで崩落していく。
中にいたカラサキ達は、逃げ遅れたならば無事ではすまないだろう。
「よし!教団は崩落、向こうの意図通りにお手伝いしてやったぜ。」
路地裏を進みながらロミオは満面の笑みを浮かべる。
しかし、すぐに顔を顰めた。
「旦那はん?どうかしはりました?」
ヒロネの言葉に答えたのは、腹の虫。
ぐう、と大きな音を立てて空腹を訴える。
「あー、
「無いです。荷物は最低限しかないですもん。…旦那はんは金、食べれませんし、残念ですねぇ」
かなりの荷物を持たされているヒロネが嫌味を言うが、ロミオは意に返さない。
「それが
ロミオ達は以前ジュリを攫った時に使ったメンテナンス用の通用路を進んだ。
あの時は、アルカディア・ケミカルのライバルが居たが、吸収合併された今は誰もいない。
偶然にも時刻はあの時と同じ午前三時半過ぎ。
「旦那はん、先って言わはったけど、これからどないしはるんです?」
「
「手土産…?あ、もしかして持ってきたこれです?」
ヒロネはリュックサックの一つを指差す。
中身には現金が含まれている。
「連絡しときます?」
「いや、裏口から入りゃあ良いだろ。あの人、店は最後に出て最初にくるし会えた時に説明したらダイジョーブ。」
ロミオは軽い足取りで通路を進む。
階層が上がり、聞こえるのは三人の足音と機械の音だけだ。
人の気配はない。
時折ノートパソコンで道を確認しながら、三人は静まり返った歓楽街にたどり着いた。
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