第31話 守り抜け!黄金少女~黄金狂いロミオの力~

ヒロネの様子を監視モニタで確認しつつ、ロミオも準備をする。

とはいっても、大きな荷物は予め脱出口である最上階のとある部屋に移動済みであり、パソコンや端末といった必要最小限のものしか手元にはない。

彼はポケットから彼の獲物を取り出した。

ゴールドでできた、チェーンネックレス。

そして同じくゴールドリングが十個。

一つ一つ、両手の指に嵌めていく。

おおよそ、戦闘とは程遠い黄金の装飾品を身に着けていく。

「…」

微睡んでいたジュリが、その奇妙な行為を見つめている。

黒い髪の毛に黒い服に、金は余計に目立っていた。

「どうした?やらんぞ。」

ジュリは首を横に振った。

「これは俺の大事な大事な可愛子ちゃんたちだ。」

ロミオは指輪の一つ一つにキスをする。

その様子に若干引きながらも、ジュリはあることに気付く。

指輪が変形している。

平たくなったかと思えばスリットが入り、まるで蔦のようにロミオの指と手に絡み始めたのだ。

「これは俺の秘密だ。アルカディア・ケミカルの時は使ってなかったが、あんなスーツよりも、もっと便利で、使える。とっておきの極小集合体機器ナノマシン・ツールだ。」

ナノマシンのなかには、膨大な数のそれを操作することで形を任意に変えることができるものがある。

主には紛失鍵の複製に使われておりそこまで珍しいものではないのだが、ナノマシンの知識など持ち合わせていないジュリには、ロミオが魔法を使っている様に見えた。

ロミオが手を振ると、金の指輪が液体のようにうねり、小さなナイフが現れる。

もう一度振ると、今度はナックルが現れる。

「やっぱり金はイイねぇ。他と比べて、とても従順だ。」

ロミオはモニタからノートパソコンを外すとリュックサックに収納する。

いくつかの記録媒体もリュックのポケットにしまい込むと背負った。

「うし、準備完了。おい、移動するぞ。」

「!」

ジュリは瞼を擦って眠気を散らすと、慌てて靴を履いた。

ヒロネが用意していた上着を羽織るとロミオの後ろにピッタリとついた。

「さて、行きますか。」

ロミオは満足げに口角を上げると廊下へと出ていった。

この時間帯は静まり返っているはずなのだが、上の階が騒がしい。

戦闘が始まっている様だ。

だが、ロミオはその音に背を向けある部屋へと向かった。

同じ階にある、ムラサキの部屋だ。

「ちっ、ガチガチに固まってやがる。…しかたねえ。」

ロミオの指輪がうねり、形を変える。

薄く、紙のように変化し、ドアの上と下の隙間に差し込まれる。

まるでリボンのように、ドアに金色の帯がかかる。

ロミオはニヤリと笑う。

『金属操作・破断!』

ロミオは小さく声に出し、言葉を紡いだ。

ドアの上下の金のリボンが滑るように縁を移動し、ドアノブの横で交わる。

扉が一度大きく揺れる。

「うし、完了。」

金のリボンがロミオの指に戻り、ドアノブを回さずロミオは扉を引く。

するといとも簡単に開いた。

ジュリは驚いてドアノブと、その接地面を見てさらに目を丸くする。

デッドボルトもラッチボルトも切断されており、その役目を果たしていない。

「ジュリ、今からムラサキのババアを起こすから適当に隠れとけ。」

ロミオはそう言うとズカズカとベッドに近づく。

寝息を立てているムラサキの傍らに乱暴に腰を下ろすと、リュックサックからノートパソコンを取り出す。

開ければ、監視カメラの映像が映し出される。

「…ムラサキ様!ムラサキ様!大変です!」

芝居がかった声でロミオはムラサキを揺り起こす。

眠りが深いのか、十秒ほどして漸くムラサキは起きた。

最初は夢現だが、ロミオの姿を認識すると嬉しそうに微笑んだ。

「嗚呼、ロミオさま、こんな夜更けに、ついに私のところに」

抱きつこうとするムラサキを制しロミオはノートパソコンのモニタを突き出した。

「侵入者です。ブルー様を奪いに来たようです。武器を多数所持していて太刀打ちできません!どうかお逃げください。」

「…何ですって…!」

「おそらく以前ブルー様を攫った奴らがまた来たのではないかと。今は私のメイドがジュリ様の部屋にいます。私も加勢して時間を稼ぎますから、どうか逃げてください。そして、教団信者たち我らの同士を連れてきてください。」

ロミオは窓を開け、非常時脱出用の避難ロープを手早くセットした。

「これで、さあ早く。」

「え、ええ。でも、待って、あなたを置いては行けないわ、ロミオ様。」

ムラサキはロミオにしなだれかかる。

「…ムラサキ様、あなたは私にとって大切なお方。ここでもし、お命に何かあれば、私は…。」

これ以上、心にも無い言葉を発する事はできない、とロミオは諦めたが、ムラサキはそれでも満足だったようだ。

「分かりましたわ。急いで、信者たちを集めて戻ります。…どうかご無事で…。」

ムラサキはロミオの口車に乗せられて外に降り、教団本部を後にした。

その後姿を見ながら、ロミオは大きくため息をついた。

「…はぁ。疲れた。おいジュリ。もう出てきていいぞ。隣の信者共も追い出すから、そのままこの部屋にいとけ。」

ロミオはそう言い放つと、隣の部屋に移動した。

「…」

隠れていたジュリはムラサキの部屋を見渡す。

この部屋に来たのは数回程度だが、見るたびに部屋に物が増えていったのを覚えている。

ソファもテーブルも、始めて見た時よりも随分と大きく、キラキラとしている。

透明な棚には、凝ったデザインのグラスやクリスタルの像が沢山置かれている。

信者達からのお布施で買われたものや、寄進物なのだろう。

ジュリの能力を利用し、私腹を肥やしていたのだ。

それでもジュリは、ムラサキを憎めきれない。

ジュリは一年程前に、実の母親と共にドーシュを訪れたのだが、体が丈夫ではなかった母親はすぐに命を落とした。

身寄りなく、道端で死ぬしかなかったジュリを引き取ったのは、母親の薬をよく買いに行った店の夫婦…ムラサキと今は亡きその夫だった。

彼らには子供はなく、大人しいジュリを気に入ったのかジュリを引き取ると言ってくれたのだ。

だがジュリを迎え入れて一ヶ月後、今度はムラサキの夫が亡くなった。

途方に暮れていたムラサキだったが、それでもジュリの為にと、店を切り盛りしていた。

ある時、ムラサキは手に切り傷を作ってしまった。

ジュリは、ムラサキの為にと母親からきつく言い含められてた約束を破ってしまった。

人の傷を、癒やす力を。

それからムラサキは段々とおかしくなっていた。

元手がいらず、傷を治すことで対価を得ることができる道具として、ジュリを扱うようになった。

最初は丁寧に接していたのが、段々と演技かかってきて、最後には、逃げられないように部屋に閉じ込められるようになった。

逃げ出すつもりなどないのに、鎖で繋がれ、檻に入れられた。

かろうじて不潔ではなかったが、ジュリの能力を使うには少ない食事量で、監禁された。

感情が麻痺していく中で、ロミオは突然現れたのだ。

攫われるのだと理解していたが、その先の環境は教団に飼われていたときよりもずっと良いものだった。

普通の家に、普通の部屋。

ふかふかのベッドに、おいしい食事。

優しく話しかけてくれる人の存在が、ジュリにはとても嬉しかった。

自分の体質が珍しいことは、ジュリは理解していた。

だから、アルカディア・ケミカルに連れて行かれた時も、この先、実験体として何かされるということも漠然と分かっていた。

それでも、ヒロネやエリナは偽りのない優しさを与えてくれたのだと信じている。

そして何より驚いたのは、金のために自分を攫ったはずのロミオが、アルカディア・ケミカルから救ってくれたということ。

アルカディア・ケミカルには彼が今まで貯めていたゴールドを置いてきたという。

戻ってきた教団でも、ジュリを守るようにヒロネが側にいて、前のように檻に閉じ込められることもない。

『奇跡』も、まだ一度も使っていない。

そうしている間に、今度はアルカディア・ケミカルが攻めてきた。

今度こそ、捕まえられてしまうとジュリは覚悟したが、ロミオは笑っていた。

ヒロネとの会話を聞くと、混乱に乗じて教団からも逃げ出すのだという。

ジュリは、ロミオの側で言うことを聞いていれば大丈夫だ、とヒロネに言われ従うことにした。

そして、今に至る。

窓から外、暗い道の向こうには、もう人影はない。

さようなら、とジュリは心の中でムラサキに別れを告げた。


信者を追い出したロミオはムラサキの部屋に戻るなり、ある場所を探った。

ムラサキのクローゼットだ。

開けると、高価そうなシルクドレスから『教祖用』の服まで掛けてあったが、それらを全て床に放り出した。

そして、奥に隠された引き戸を見つける。

「お♪予想通り♪」

すこぶる上機嫌になり、引き戸を開ける。

すると、古風なダイヤル式の金庫が現れた。

ロミオは扉に手を当てる。

『金属操作!』

ロミオが念じると、指輪は再び変形する。

解け、うねり、ダイヤル錠にまとわりつく。

まるで蛸のように絡みつくと、カシャン、と解錠の音がなる。

「いっちょ上がり…チッ、金塊はないか。」

ロミオは空になったクロゼットの底に風呂敷を広げると、金庫に隠されていた財宝を並べる。

大小合わせて三つの宝石箱ジュエリーボックス

ジュエリーが入っているであろう小さなジュエリーケースが二十余り。

ケースに入ったダイヤモンドやカラーストーンのルースが一五。

そして帯付き現金が十五。

風呂敷を縛り、リュックサックから折りたたみ式のボストンバックを取り出して中に収める。

「しかし、思ったよりは溜め込んでやがったな。さて、ヒロネの方はどうしてるかな?」

パソコンのモニタを確認する。

その画像を見てロミオは顔をしかめた。

「…増援かよ。」

そこには、入り口付近に集まった二十人あまりの黒尽くめの男たちがいた。

ロミオを警戒したカラサキが増援を呼んだのだ。

「ヒロネ。増援だ。とっととずらかるぞ。」

ロミオはパソコンに向かって話す。

すると

『確認しています。準備は整っています。』

凛とした、ヒロネの声。

ジュリが画面を見ると、ジュリの部屋の様子が写っている。

画面が少し揺れていることから、恐らくヒロネの眼鏡に付けられたカメラなのだろう。

床には、侵入者達が倒れている。

「今はババアの部屋にいる。一旦合流だ。」

ロミオが部屋から出る。

ジュリも慌てて追いかけた。

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