第27話 悲しみの報酬

ジョウの電話を受け取って数十分後、ロミオは家に来た黒尽くめの男達にアルカディア・ケミカルまで拉致された。

車に詰め込まれ、そのまま、ホノサキの部屋まで通される。

部屋にはエリナと、ジョウ、そしてロミオの上司のカラサキとホノサキが待ち構えていた。

エリナの顔は、泣きはらしたのか目元が腫れている。

ジョウも唇を噛み締め、残る二人は眉間にシワを寄せてロミオを睨みつけている。

「コンゴウくん、あなた、あの子に何かしたんじゃないわよね!」

そう言って机の上にあった、ジュリへの手紙を突きつける。

「待って下さい、本当にジュリが死んだんですか?」

「白々しい。あなたの手紙を読んで、あの子は、意識不明になったのよ?それで明け方、心肺停止になったの。」

ホノサキの言葉に、ロミオは膝から崩れ落ちた。

顔を抑え、無言で肩を震わせている。

「ホノサキ所長、コンゴウ先輩は、本当にジュリちゃんを大切に思ってたんですよ!そんなこと、するわけないじゃないですか!」

「ハヤマさん、あなたも一体何をしているの!コンゴウくんに関わらないようにと、私は伝えたつもりよ。それを破って、得体のしれない手紙を渡して。」

興奮するホノサキをジョウが制した。

「所長、ロミオの手紙を分析しましたが、特に変わった成分は検出されませんでした。」

「本当?コンゴウくんを庇っているんじゃないでしょうね?」

ジョウは持っていた封筒を二通、ホノサキに差し出した。

「私以外のラボでの検査結果です。私は開けていませんが、多分結果は同じと聞いています。」

ホノサキは封筒を受け取ると開封し、目を通す。

ジョウの言う通り、どちらも『毒性なし』の結果になっていた。

「…分かったわ。コンゴウくん、とりあえずあなたは暫く自宅で待機なさい。これは命令よ。」

「うっ……」

フラフラと立ち上がったロミオを、ジョウは支えた。

「ロミオ、辛いのはわかる。ここは大人しく家に戻れ。」

「…ホノサキさんお願いがあります。」

ロミオが顔を上げる。

いつものような、人を小馬鹿にしたような表情ではない。

虚ろな目には涙が浮かび、唇は震えている。

しかしホノサキはロミオの言葉を待つことなく冷酷に言い放つ。

「遺体を引き取るなんてことは許さないわ。彼女は貴重な存在なの。たとえ、死んでも。」

エリナが驚いたようにホノサキを見た。

「彼女を、解剖するということですか。」

「そうよ。彼女の血も、細胞も出来る限り保存しないといけないのよ。…分かったらさっさと行きなさい。」

これ以上この場に留まるのは無理だと、ジョウはロミオを連れて部屋の外に出た。

「先輩!」

心配したエリナも二人に続いて部屋を出た。

「…ああ!せっかくの貴重な実験体が!」

ホノサキは苛立ちを隠さずに叫び、椅子に乱暴に座った。

「実験体の突然死は珍しいことではありません。しかし、惜しいものをなくしましたね…。」

「カラサキ、解剖と検体保存の手配、早くなさい。鮮度があるうちにしないと。」

「そうですね。ですが、念の為二十四時間は様子を見られたほうが…」

「はやくなさい。これは命令です。アレのウイルスは、長生きしないのでしょう?」

「…分かりました。今日の夜、執り行いましょう。担当は…」

「キリシマ主任は外しなさい。コンゴウに関わる人間を外すのよ。」

「承知しました。」


廊下に出た三人は、よろけるロミオを支えながら、ある場所に向かう。

「ロミオ、しっかりしろ。せめて最後にお別れを言いに行こう。」

「…本当に、死んだのか?」

「ああ、心臓は、動いていない。…前にも言ったが、ジュリちゃんには電子機器が使えなくて、電気ショックも、延命装置も使えなかったんだ。それでも手は尽くしたんだ。すまない、ロミオ。」

「コンゴウ先輩…。」

ロミオは力なく頷いた。

三人は他の社員の目を避けて、ジュリが安置された部屋に向かった。

そこは、実験エリアの一角。

死んだ実験体を一定期間安置する部屋。

寝台と、小さな祭壇だけが置かれている。

横たわるジュリには大きな白い布がかかっているだけだ。

エリナはジュリに近付くと、顔にかかる布をめくった。

まるで眠っているかのような、安らかな顔だ。

「ジュリ…ああ、なんで…。」

ロミオは寝台のジュリに近づき、髪の毛を優しく撫でる。

金色の髪が、無機質な照明の光で煌めいている。

「ロミオ、髪の毛だけでも持ち替えるか?多分、その子は今日の夜にでも検体になってしまう。そうなったら、もう二度と会えなくなるよ。」

ジョウの言葉にロミオは顔を上げた。

そしてジュリの顔を見つめた後、振り返った。

「…ジョウ、ハヤマ、お願いがある。」

「なんだ?」

「…この子を、人の姿のままで葬ってやりたい。協力してくれ。」

ロミオの申し出に、ジョウは驚いた。

あのロミオが、人間的な言葉を口にしている…!と。

一方のエリナは、そうですよねと首を縦に振っている。

先程のホノサキの、たとえ死んでも利用する、という言葉に違和感と、嫌悪感を覚えたのだ。

「私は協力します!主任も、そうですよね!」

ジョウは考え込んだあと、仕方ない、と頭を掻き毟った。

「どうせ、僕はジュリちゃんの検体作成から外されるだろうし、良いよ。でも、どうやって?」

「抜け出すには、うってつけのモノがあるじゃないか。」

「…ああ、あそこか。わかった、準備をするから、十分後に。」


十分後、ロミオはジュリを担ぎ上げると、同じ階の物置部屋に移動した。

「ここは?何のための部屋、なんですか?」

ついてきたエリナに、ジョウが説明する。

「ここは廃棄物処理室。下層エリア廃棄物処理施設直通のダストシュートがあるのさ。不要になったゴミや検体を、ここから捨てるんだ。」

検体、の言葉にエリナの顔が強ばる。

「それと、このダストシュートにはもう一つの機能があってね。」

ジョウがダストシュート横のパネルにコードを入力した。

モーター音と、金属同士が噛み合う大きな音が部屋に重く響く。

ダストシュートの扉が開く。

そこには簡易だが頑丈な籠が搭乗者を待っていた。

「下層の調査に行く時に使っているんだ。ロミオや、カラサキ主任もかな。直下エレベータみたいなもんだ。ロミオ、僕はここまででいいかい?」

「ああ、十分だ。…元気でな。」

「うん。そっちもね。」

まるで今生の別れとばかりに、二人は握手を交わした。

「こ、コンゴウ先輩。もしかして、このままお別れですか…?」

会社の資産ジュリを強奪しているんだ。ここには二度と戻れないだろうな。」

ロミオは籠に乗り込んだ。

そしてジョウが下降のコードを打ち込もうとした時、扉が開いた。

「見つけたぞ!コンゴウ!」

そこには鬼の形相をしたカラサキが、警備員を引き連れてなだれ込んできた。

「チッ、もうバレたか。ハヤマ来い!」

「え?きゃあっ!」

ロミオは籠にエリナを引きずり込むと、ジョウにボタンを押すように促した。

「ジョウ!ハヤマがどうなってもいいのか!?早くボタンを押せ!」

「!?は、はい!!」

豹変したロミオにジョウは驚いてボタンを押した。

ダストシュートの扉が閉じ、ケージは下降し始めた。

「きゃああああああ!!!」

段々と落下速度が増していき、エリナの髪の毛が逆立つ。

「せんぱ、一体なにを」

そしてエリナは気付いた。

あれだけ泣いて、憔悴していたはずのロミオが、笑っているのを。


「あーはっはっは!!やったぜ!まさか、こんなに上手くとはな!」

下層エリア第二階、廃棄物処理施設。

廃棄物が転がる地面をロミオは笑いながら奥へと進む。

エリナは充満する臭いに気が遠くなりそうになりながらもロミオについていく。

「せ、先輩?どうしたん、ですか?」

笑いすぎてむせ返るロミオにエリナの不安は募る。

実験エリアの一室に隠すように設置されたエレベータも、ロミオがこの場所をよく知っているかのように先へと進んでいくことも、何もかもがエリナを混乱に陥らせる。

廃棄物投棄エリアから抜け、非常灯が灯る通路に出る。

そこで、ロミオはやっとエリナに振り向いた。

顔は歓喜に歪んでいる。

「先輩、大丈夫ですか?」

気が狂ったのかと、エリナは恐る恐る尋ねる。

「俺は正気だ。いや、まさかこんなに簡単にこいつを連れ出せるとは思っても見なかったからな。」

「そう、ですね。コンゴウ先輩、ジュリちゃんは、どこに埋めるんですか?」

「埋める?ああ、それは嘘だよ。」

「え?」

「こいつはなあの宗教団体幸福の籠が高い金で引き取ってくれるんだってよ。あのアホみたいな賭けの二倍でな!」

ロミオの言葉にエリナは内臓が冷えていくかのような錯覚に陥る。

「どういうこと、ですか…?」

「…そうだな、お迎えが来るまで話してやるよ。俺のいや下層調査部の仕事は難病の孤児の保護じゃない。特殊な体質のガキを下層から攫ってくる、人攫いが本当の仕事だ。」

「ひと、さらい?」

「お前にはまだ秘密にしてんだろうけど、ジュリが収容されていた部屋。あそこに行く前に廊下を歩いたろ?横の壁両方は部屋になっててな、今まで攫ってきたガキどもが何人も飼われてる。俺が攫ってきたガキも、何人かいたな。」

「…先輩、それは本当ですか?」

「今更、嘘を付くなんて面倒くせえことしねぇぜ。あそこには特殊なガラスがハマってて、お前が通る時は見えないように操作していたんだ。」

「一体、何のために…。」

「人体実験。研究対象。それ以外にない。ジュリも、こいつの超回復ウイルスを解析して商品かなんかを作り出すつもりだったみたいだったからな。ま、捕まえた後はどいつも俺の知るところじゃねえけどな。俺はただ報酬を貰えればいいだけだからな。こいつジュリも、連れてきた報酬はそりゃあ、たんまりと貰ったが、その後がいけない。次は急に出し渋ったからなぁ。幸い、元の所有者と会えたからな。また一儲けというわけさ。」

「…ひどい。子供たちを無理やり連れてきて、閉じ込めて…!」

怒りに震えるエリナに、ロミオは容赦なく続ける。

「この街では弱いやつは淘汰されるか、利用される。まあ弱くても、強いモンの庇護下にいるやつはいいだろうな。エリナ、お前みたいなやつだよ。父親の庇護下で何一つ不自由なく暮らし、自分の思い描いた理想を進む。誰かの力を利用してな。」

ロミオの言葉にエリナの意識は沸騰する。

「私は私の意思でここ下層調査チームに来ました!それが間違っているとでも言うんですか!?」

「その通り。あそこは利用できる実験体を確保して実験するための部署だ。お前が思っているような綺麗事は、あの会社アルカディア・ケミカルには存在しない。…栄養剤のバラマキもおかしいとは思わないか?中層から下層の、金の無い奴らにばら撒いて、血液採取の報酬に群がるようにする。あれは実験だよ。商品を売り出す前の、最後の臨床実験だ。この都市は常に、上層のために中層と下層は存在しているんだよ。」

「!」

何かを言おうとエリナは口を開けるが、言葉が出てこない。

嘘だ、という言葉すら。

「アルカディア・ケミカルはお前が思っているようなクリーンな場所じゃないってことだけ、肝に銘じておけ。汚れる覚悟があるなら、そのままいきゃあいい。もし嫌なら…。」

ロミオはエリナに近づき、一段といびつな笑顔を浮かべた。

「とっとと逃げて、おキレイな世界にいればいい。お・嬢・様。」

パンッと乾いた音が路地に響く。

ロミオの頬を、エリナが叩いたのだ。

「アルカディア・ケミカルが、弱者を虐げているなら、私が辞めさせます!そんなこと、許されるはずがありません!」

「…フンッ。」

両手が塞がっているからか、ロミオはエリナに対して激昂したり、反撃することはなかった。

青臭いその宣言を、鼻で笑うに留まった。

膠着状態の二人を破ったのは、この陰鬱な場所にそぐわぬ朗らかで快活な声。

『旦那はーん。いはりますかー?』

「さて、お迎えが来たようだから俺は行かせてもらうぜ。精々、頑張ってくれよ。」

ロミオはジュリを抱え直すと、足早に路地裏に消えていった。

残されたエリナは一人、荒くなった息を整える。

「ふっ…うう。」

涙が溢れてくる。

『保護』されたはずのジュリは、『誘拐』された子供であり、ジュリ以外にも大勢の子供たちが会社に監禁されているという。

そんな犯罪行為を率先して行っているなど、信じられなかった。

しかし、ロミオが嘘をついているようにもエリナは思えなかった。

「確かめないと、所長に。ちゃんと。」

エリナは涙を拭い、上層エリアに戻るべく暗い路地を歩き始めた。

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