第26話 盗め!黄金少女~その4~

翌日、エリナは定期健診の為にジュリの部屋を訪れた。

ジュリが収容されて以来、エリナがここに来たのは三回目。

一つ目のゲートを後すると、なにもない長い廊下を歩き、二つ目のゲートを潜って、ジュリの部屋にたどり着く。

二つのゲートの間には、狩られた子供たちの部屋があるのだが、エリナを始めとしてアルカディア・ケミカルの『裏』を知らぬものには隠されているのだ。

透明な壁は曇り、更にシャッターが降りる。

エリナが訪れる時だけ『子供部屋』を隠しているのだ。

ジュリ一人だけであれば『非人道的な宗教組織に監禁された少女を救出し、匿っている』と言い訳が立つ。

だが同じように特殊な体質の子供たちが何人もいては、流石に首を傾げるだろう。

「ジュリちゃん、こんにちは。今日の検診は私よ。」

「…」

ジュリは素直に頷くとベッドの縁に座り、エリナは椅子を移動させ、ジュリと向かい合うように座った。

「ジュリちゃん、今日はあなたに届け物があるの。」

「?」

ジュリにエリナはロミオから預かった封筒を渡した。

「コンゴウ先輩から、ジュリちゃんにって!いい香りのする紙なんですって。」

「!」

ロミオからの手紙、という言葉にジュリの顔がぱあ、と明るくなる。

「まずは検診を終わらせましょうね。今日は午後からキリシマ主任の検査があるからそれまでゆっくりお手紙を読んだら良いわ。」

ジュリの笑顔を見ながら、エリナは嬉しく思った。


検診を終えたエリナが出ていき、部屋に一人きりになったジュリは早速封筒を開けた。

中からビニール袋を取り出し、ゆっくりと蓋を開ける。

ふわり、と花の香のような、少し湿ったけれども良い香りが溢れ出る。

『和紙』は珍しく、ジュリは封筒と手紙をまじまじと見た。

手紙を開くと、まずは白紙。

少し墨が滲んでいて、あて紙だと気づき取り除く。

すると墨で流れるように書かれた文章が並んでいる。

漢字が多く、所々ジュリには読めない文字があったが、ロミオが自分を引き取ろうとしていることが書かれていると知り、心臓が高なった。

ロミオの家にいた時はほとんど触れ合いはなかったが、『危害を加えない』という言葉は真実だった。

何よりヒロネという、とても良い人があれだけ慕っているのだから、本当は良い人に違いない、とジュリはロミオを信じることにしたのだ。

読んでいくうちに、紙から香りがどんどんと立ち上る。

文字も金色の粉が混ざっていて、キラキラとしている。

いい匂い…。

ジュリは嬉しさと、心地よさでふわふわとした気持ちになってくる。

そして急に訪れた眠気に気付いた頃には、瞼を閉じていた。



ジュリが手紙を読んでいる頃、ロミオは書斎で黄金をアタッシュケースに詰めていた。

それは賭けを始める時にホノサキに渡したものと同じケースだ。

期限は明日だが、負けた時の代償を準備しているのだろう。

「俺の肩、外れたりしねーだろうか…。ま、なんとかなるか。」

金の延べ棒が次々にしまい込まれていく。

淡々としている。

何よりも愛する黄金を、他人に渡すというのに。

「おいヒロネ、お前も運ぶの手伝ってくれよな。」

ドアの外で待機していたヒロネにロミオは呼びかけるが

「嫌ですよ。乙女の細腕に、そんな重いもん持たせんといて下さい!」

「何言ってんだよ。お前以外に頼めるやついねえんだから。」

「無理なものは無理です!それにしても、旦那はんほんまにええんです?そない簡単に渡して。」

「約束は約束だ。それに全部じゃないからな。」

「うーん、そうですけど。」

ロミオはアタッシュケースの蓋を閉めた。

「引っ越しの準備はどうだ?」

「旦那はんの書斎以外は服くらいですからもう終わってます。」

「んじゃ、俺が出かけたらここも頼むわ。金庫の中も。」

「?別に、ええですけど…。今日中、ですか?」

「今日明日中。できればすぐにでも移動できるようにな。」

その言葉に、ヒロネはもしや、とあることを思い立った。

「分かりました。両の手で運べるように荷造りし直します。車のご用意は?」

「いらん。この都市ドーシュだと逆に足手まといになる。」

「承知しました。」

ヒロネは引き下がると、荷物を吟味し直すため自室に戻った。



翌日、ロミオの携帯にジョウから電話が掛かる。

ジュリが死んだのだ。

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