第25話 盗め!黄金少女~その3~

「あれ?旦那はん、今日はエリナお嬢様とジュリお嬢様に会いに行くんじゃなかったんですか?」

「所長がハヤマに、俺と賭けしていることバラしたみたいで、キャンセルだってよ。」

「あーそれはご愁傷さまです。ジュリお嬢様を賭けてることは、ご存知なんです?」

「いんや、それは知らんらしい。所長はあくまで『セキュリティのテスト』って説明だってよ。ガキを賭けてるなんて知ったら、あの女怒り狂うだろうし。」

「それもそうですね。…今日で五日目です。明日で六日目やから、もう時間ないんとちゃいます?」

「分かっている。今から準備をする…ヒロネ、風呂の湯を溜めてくれ。あとスチームモード。」

「?わかりました。」

「できるだけ高温で。」

「…承知しました。」

ヒロネは主人の言う通り、できる限り高い温度で湯船を溜め始めた。

浴室をサウナ状態にするスチームモードもオンにする。

その間にロミオは、ヒロネが手に入れてきた石墨と筆、そして硯と金粉を用意する。

「旦那はん。そのお手紙セット、ほんま何なんです?どケチの旦那はんが気前よく売値で買うなんて、夏に雪が降りそうです。」

風呂の準備を終えたヒロネが怪訝な目を向ける。

「お前の言う通りお手紙セットだよ。ただし、ちょっと変わってるけどな。」

ロミオは盆に道具を全て乗せると、風呂場に移動した。


しょりしょりと、墨を擦る音と、湯が勢いよく落ちる音が混ざる。

マスクを付けたロミオが墨を擦り、金粉をまぶす。

漆黒のプールに、煌めく黄金の粉。

その濃さを確かめて、墨を立てる。

筆を取り出して、先を浸していく。

形を整えて、湯気で湿った紙に文字を書き付けていく。

ジュリへの手紙。

内容は、季節の挨拶から体調を気遣う言葉。

そして賭けの内容。

ジュリを引き取るために動いているが、タイムアップになりそうなこと。

内容は短いが、墨で書いているため一文字一文字が大きい。

あっという間に一枚、便箋が埋まる。

書き終わると書面に無地の便箋を重ね、三つ折りにする。

乾ききらない墨が、にじまないようにだ。

折った紙を便箋に入れて、手早く密封式のビニール袋に入れた。

「さて、耐えれるかな?」

ロミオは出来上がった手紙を見つめながらほくそ笑んだ。



上層階最上階、空中庭園。

大企業が立ち並ぶ上層階にあって、数少ない本物の木々が生い茂る公園にロミオはエリナを呼び出した。

本物の太陽が地平線に沈む直前で、すでに外灯が灯り始めている。

ここにいるのは帰宅途中の会社員か、ランニングをする健康意識の高い上層民くらいだ。

待ち合わせ場所は、公園の中央にある巨大な噴水。

公園のランドマークになっているが、ロミオにとっては無駄の一言。

飲水にもできるほど浄化が施された水が、惜しげもなく吹き上げられている。

水そのものを地表からこの高層階まで搬送するエネルギーを考えれば、なおのこと無用の長物だと思ってしまう。

「コンゴウ先輩!お待たせしました!」

「…ああ」

仕事が終わって急いで駆けつけたのだろう。

息を切らせたエリナが、ロミオに駆け寄った。

「昨日はすみませんでした。まさか、秘密のテスト中、だったなんて思いもよらなくて。」

「そうだな。てっきり、共犯にできると思ったんだけどな。」

「えっ、ひどいですよ先輩!ホノサキさんに呼び出されて、私とても怖かったんですよ。今日も、先輩と会ってるって知られたらなにか言われるんじゃないかって…。」

どうやらホノサキやジョウにも言わずにロミオの元に来たようだ。

好都合、とロミオは笑った。

「いや、本当にすまない。それで、頼み事なんだけど。」

ロミオは懐から封筒を取り出した。

「ジュリに手紙を渡してほしいんだ。キョウトの知り合いが、珍しい香りのついた便箋をくれてね。」

手紙、という言葉にエリナの顔が明るくなる。

「わあっ!素敵ですね!最近はお手紙を書く人も少ないですし、きっとジュリちゃんも喜びます!…香りのついた紙なんて、珍しいですね。」

ロミオから手紙を受け取ったエリナは、その香りを嗅ごうとした。

「おっと、実は密封しててね。二重にしているんだ。それに香りが飛びやすいからな。開けずにそのまま渡してくれ。」

ロミオの言う通り、封筒の中にはビニールに包まれた便箋が入っている。

「そうなんですね。すみません…じゃあ、早く渡したほうがいいですか?」

「そうだな、明日か。遅くても明後日か。」

エリナは腕時計で時刻を確認すると、頷いた。

「今ならまだジュリちゃんと面会できますし、今から渡してきます。」

走り出しそうなエリナをロミオは制した。

「いや、今日はもういい。できれば日中、だな。」

「?なんでです?」

「もし、香りが気になって寝れなくなったりしたら可哀想だしな。」

可哀想、という言葉がロミオの口から出るとは!、とジョウがいたら叫んでいただろう。

だがその言葉がエリナの心に火を付けてしまった。

ぶっきらぼうな先輩が、ジュリを心から心配している…!

そのギャップにエリナは華やいだ。

「分かりました!明日、必ずジュリちゃんに届けますね!」

「頼むぞ。秘密裏にな。」

「はい!」

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