第24話 盗め!黄金少女~その2~

「くそっ!とんだ徒労だった!」

「そうですね。セキュリティ止まってはるなら、そもそも扉も開かないですもんね。」

メンテナス業者を装って侵入する作戦は、ある意味成功した。

ロミオは『自主判断で来た新入社員』を装って作業員に紛れ込むことができたのだが、肝心の収容エリアの手前、1つ目のゲートで足止めを食らったのだ。

目論見通り監視カメラの電気系統は止まっていたのだが、扉を開ける電源も落とされていたのだ。

重い金属の扉を手動でこじ開けるなど、ロミオには不可能だった。

「作業の最後までバレずに完遂したのは、ほんま凄いですわ、旦那はん。名前借りた新人さんの評価も上がるみたいで人助けしましたね。」

そのままメンテナンスを最後まで手伝い、明け方近くにようやく帰宅できた。

「ヒロネ、お前もしかして予想してた?」

「少し、でも確定ではないですし、黙ってました。可能性のある方に賭けるって、旦那はんいつも言うてはりましたし?」

「それはそうだが、嗚呼クソっ!」

「案外、普通に行ったら通してくれるかもしませんね。誰かと同行する、とか。」

「普通に?今はジョウとも接触できない状態だぞ?」

「もう一人いはるやないですか。ハヤマお嬢様。ジュリお嬢様のお見舞いとか言って。」

ヒロネの意見にロミオはたしかに、と同意した。

おそらくハヤマはロミオとホノサキの『賭け』を知らない。

であれば、ジュリとロミオの面会をセッティングしてくれるかもしれない。

「ハヤマの連絡先は、と。」

携帯端末を取り出したロミオをヒロネは制した。

「旦那はん、何時やとおもてるんですか!?せめて、今日のお昼とかに電話かけたらえやないですか。」

「…それもそうだな。んじゃ、昼間で一眠りするから、飯できたら起こしてくれ。」


昼食を摂り、ロミオは携帯電話を取り出した。

「あ、これ使って下さい。多分旦那はんの端末、電波盗聴されてると思いますし。」

電話をかけようとするロミオを制して、ヒロネは自身が使っている携帯端末をロミオに渡した。

すでにエリナの番号が入力されている。

「おお、サンキュ。」

ロミオがコールをかけると、三コール目で繋がった。

『はい。ハヤマです。』

「ああ、ハヤマさん。俺だ、コンゴウだ。」

『コンゴウ先輩!?でも、この電話ヒロネさんの電話、だと思ったんですけど?』

「ちょっとな。それより、明日ジュリに会いたいんだが、一緒に来てくれないか?」

『明日ですか?すみません、私ちょっと明日は朝から外でお仕事があって、行けそうにないです…。でも明後日なら、大丈夫です!』

「わかった。じゃあ明後日、頼む。」

『はい!お昼休みとかでいいですか?』

「問題ない。じゃあ明後日の昼、ロビーで待ってるからな。」

『はい!よろしくお願いします!』

ロミオは電話を切ると溜息を吐いた。

「騒がしいやつだホント。ま、でも明後日はこれで一つ策ができた。」

「明日はどないします?」

「そうだな、ヒロネ、ちょっとお遣いを頼む。」

「お遣い、ですか?」

「そうだ。キョウトまでちょっと。」

ロミオは紙に二言三言書付け、ヒロネに渡す。

「この店で、これを買ってきてくれ。」

「?わかりましたけど、何のお店です?」

「なに、老舗の文具店だ。店主は変人だが、俺の名前を出したらちゃんと物を売ってくれる。」

「変人、ですか。わかりました。でもキョウトやったら、日帰りでいけますけど、遅くなってもええです?」

「構わん。」

「心得てます。」


翌朝、ヒロネはロミオの朝食と昼食を作り終えると、キョウトに向けて出発した。

中央輸送塔行きのトラムに乗り込み、中層第一階の倉庫街に向かう。

倉庫街の一角に、旅客を目的としたターミナルがあり、『人』はここから都市の外に出入りする。

自家用車を持っている者や、他都市への直行バスを利用する場合は専用のゲートから。

それ以外の人間は直下型の大型エレベータで地上に降りる。

降りた先は下層第一層と同じ高さなのだが、ドーシュは下層の一階と二階は壁で覆われており、都市の外からでは巨大な換気扇と排気口が見えるだけ。

そこから出ている汚水や空気は放出しても問題が無い程度に浄化、希釈されているが、それでもなんとも言えない臭いが漂っている。

綺麗好きのヒロネにとっては『臭いくさ』と分類されるにたる臭いである。


ヒロネは地表に出ると足早にドーシュを離れた。

ドーシュの外は、更地だ。

かつては高層建築が立ち並ぶ、屈指の商業地区オフィス街だったのだが、ほとんどが積層都市に移り住み、今ではドーシュを出入りする物流業者の駐車場か、不法居住者の住まいと畑が何軒かあるだけである。

巨大な都市は陽の光で巨大な影を落とすため、住むにも商いをするにも、適した場所ではない。

引っ越せるものは影の範囲から逃れたため、結果、更地が広がるようになったのだ。

ドーシュから二十分ほど北に歩くと巨大な川に行き着く。

濁った緑の水の上には物資を運ぶ小型輸送船が停泊している。

ヒロネの目的地はこの川のかなり上流にある都市だが、船は使わない。

川に沿って走る、電車を使うのだ。

「(何年ぶりやろか。前に住んどった時からやから…四年ぶり?折角やから、お遣いの帰りはのんびりしたろ。)」

乗車券を買い、ヒロネは約一時間かけてキョウトへと出立した。


ロミオが指定した店は、老舗の文房具屋であった。

預かったメモを店主らしき男性に渡すと、一旦店の奥に行き、黒塗りの重箱を携えて戻ってきた。

中から出てきたのは今どき珍しい手作業で作られた紙と封筒、筆、そして石墨と硯。

「繊細なものですから、取り扱いには注意してくださいね。説明書をここに入れときます。」

「ありがとうございます。おいくらですか。」

「一五〇万です。」

ヒロネは耳を疑った。

この古風な文房具だけドーシュの上級工員の三ヶ月分の給料ほどの金額。

出かける前にロミオから渡された封筒を確かめると、驚くことに、ピッタリの金額が入っていた。

「お代金、確かに。」

店主は札束を数えると、重箱を風呂敷に包んでヒロネに渡した。

風呂敷に包まれた重箱を、ヒロネは持ってきた肩掛鞄ポストマンバッグにしまう。

「…折角ですから、お嬢さん。あなたにはこれを差し上げましょう。」

そう言って店主は金平糖の詰まった透明な袋をヒロネに渡した。

「ありがとうございます。」

「いいえ、今後とも、どうぞご贔屓に…。」

店主の視線を背中に受けながら、ヒロネは店を後にする。

紙と封筒、筆、石墨、硯。

手紙でも書くのだろうか?

それならば、ドーシュ内で揃えることもできるのに、わざわざキョウトまで来た理由は?

しかも規格外に高い。

おそらく、ジュリを会社から連れ出す『切り札』なのだろう。

「(とにかく早く帰ろう。こない高いもん持っとるんは心臓に悪いわ!)」

ヒロネは行きしなに計画していた散策を中止し、急いでドーシュに戻った。

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