第20話 予期せぬ再会!?新たなる野望
騒音と酒気、熱を孕んだ空気が満ちる夜のシンマチ。
その中でもロージィ・ナイトでは星が舞い、女達の蕩けるようなため息が至る所で聞こえる。
濡烏の髪と瞳。
他のキャストが金や銀、赤に染めた髪の毛が多いだけに逆に目立っている。
大人しい容姿と口調なのに、その雰囲気はどこか獣が獲物を狙うかのような目に女達は興奮する。
ロミオだ。
暇なら一銭でも多く金を稼ぎたい。
ロミオはできる限りロージィ・ナイトを訪れ、連日大金を持ち帰っていた。
「ロミオさん、こっちのテーブル、お願いします。」
「ロミオさん!次はこっちにお願いします!」
あちらへ、こちらへとテーブルを渡り歩く。
「ロミオくぅん!」
若い二人組の客がロミオを見つけて嬌声を上げる。
並んで座っていた二人は間を開けて、ロミオに座るように促した。
「やあ、ナオちゃん。ミナちゃん。また来てくれたんだね。楽しんでくれてるかな?」
間に座りそれぞれに微笑みかけると。
「きゃ~!」
両手を叩いて狂喜乱舞。
チョロいもんだぜ、とロミオは笑顔の裏で毒づいた。
「ロミオくん!乾杯しよう!何が飲みたい?」
「アタシ達金持ちだから何でもOKよ!」
「そうなんだ!じゃあ、甘めの発泡葡萄酒がいいな。」
ロミオの希望に二人はすぐに従った。
程なくしてワインクーラーに入った
薄い琥珀と、細かな白い泡が照明でキラキラと光る。
ロミオと二人の客はグラスを掲げて乾杯する。
「あーんロミオくん!今日はプレゼントを持ってきたの!」
二人はそれぞれ紙袋から小さな箱を取り出した。
両方とも同じブランドで、箱の大きさもデザインも同じだ。
「ありがとう!早速開けてみてもいいかな?」
「勿論!」
ロミオは箱にかかったリボンを解き、膝の上でゆっくりと開いた。
ベルベットの台座にはシルバーの細いプレート。
両端に開いた小さな穴には革の紐が通されている。
ブレスレットだ。
もう一つの箱には同じ意匠のアンクレットが入っている。
「今人気のブランドなの!ロミオくんにピッタリだと思って…どうかな?」
「ありがとう!すごく嬉しいよ。」
ロミオがブレスレットとアンクレットをつけると、二人は興奮して手を叩く。
「ありがとう!嬉しい!」
「私達だと思って、大切にしてね。」
「うん、もちろん!素敵なプレゼントをありがとう!」
ロミオは二十分程二人のテーブルに滞在して、スタッフルームに休憩に入った。
中では休憩中のキャストが数人とロイがいた。
「よおロミオ、今日もありがとよ。」
「今晩もじゃんじゃん稼がせてもらいますよ。…さて、あと行ってないテーブルは…」
今しがた付けたばかりのブレスレットとアンクレットを外し、ケースにしまうとロイに渡した。
「またプレゼントか、ってこれ結構いい値段するやつじゃないか。」
「そうなのか?銀と革だぜ?」
「シルバーは高純度、革は本皮。デザインも奇を衒わず、でおしゃれ男子御用達のブランドだぜ。あの二人、結構稼いでいるんだな。」
「夜の蝶で、容姿もそこそこなら客も多いだろうしな。」
「だな。ってかあの二人、俺のキャバのライバル店の人気キャストだ。よく敵陣に来れるよなぁ~」
ロイの言う通り、二人は彼が経営するキャバクラのライバル店の嬢だ。
ロミオの噂を耳にして、何回かロージィ・ナイトを訪れている。
ライバルであろうと、お金を出してくれるなら大切なお客様。
太客になって、ついでにロイの店に移籍してくれれば一石二鳥だ、とロイは二人を丁重にもてなしている。
「次はロイさんがテーブルいったらどうです?多分あの二人、ロイさんくらいの年齢の人が好きそうだし。」
ロミオはニヤリと笑い、フロアに戻った。
「ロミオさん、次はあちらのテーブルに…」
フロアのボーイがロミオに次のテーブルを示す。
その先には、フロアの角にあるボックス席で、VIPルームまではいかないまでも、太客専用の席だ。
「久々に来た方なんで、お願いします!ロミオさんも会ったことあるはずですよ。」
「へー、そうなんだ。」
そしてテーブルについたロミオは、客の姿を見て、表情には出さないまでも、内心警戒心を最大限まで引き上げた。
「ムラサキ、様ですか?」
「ロミオくん!会いたかったわ…。」
ねっとりとした視線をロミオに向けたのは、あの『幸福の籠』の教祖、ムラサキだった。
「お久しぶりです。ムラサキ様。」
ロミオは恭しく腰を折り、ムラサキの隣に座った。
テーブルの上にはすでにロミオの分の酒が並んでいる。
この店でも高い部類のものだ。
「あなたがお店によく出ていると聞いて、今日は会いに来たの。」
「私のためにわざわざ…?ありがとうございます。」
まずは発泡葡萄酒で乾杯。
一口飲んだところでムラサキがロミオに身を寄せてきた。
「あなたに悲しい知らせがあるの。私達の大切なあの子が…」
「あの子…?まさか、ブルー様になにか?」
ムラサキは震えて顔に両手を当てた。
「大切なあの子が、不届き者に拐かされたのよ…。警察にも相談はしたわ。でも、あの子はもともと身寄りのない孤児。真剣に取り合ってはくれなかったの…。」
警察に相談したのはロミオにとっては予想外だったが、ムラサキの言う通り警察はまともに取り合わなかったようだ。
仮に本腰を入れて捜査をしたとしても、アルカディア・ケミカルからの圧力がかかり適当な所で打ち切られるのが関の山だ。
「それは、許し難いですね。」
「そうなの。あの子を知っているあなたなら、私の怒りと悲しみを理解してくれると思ったわ。嗚呼っ!今頃、どんなひどい目にあっているか…」
どの口が言うか、とロミオは言葉を飲み込んだ。
食事も満足に与えず、檻の中に監禁していたくせに、と。
同じく監禁状態だとしても、食事も栄養が管理された完全なものが提供されているだろうし、寝る環境は勿論、ストレスや体調を崩さぬように整えられている。
「あの子がまた戻ってくるなら、私は何だってするわ…。」
そう嘆いたムラサキ手や指には宝石が輝いている。
教団の全てとも言える
「何だって、ですか。」
「そうよ。警察がだめなら、探偵や…まだ考えていはいないけれど、
いわゆる裏社会の人間の手も借りようというところまで来ているようだ。
そういった連中は一度関わりを持てば死ぬまでその縁が続く。
たちが悪い相手だったら、骨の髄までしゃぶり尽くされる。
ムラサキもそれは理解していて、一歩を踏み出せないようだ。
それか、集めた金品が惜しいだけかもしれないが。
「……ムラサキ様」
ロミオはムラサキの耳元に口を寄せ、何かを囁いた。
するとムラサキは両目を見開いて、またロミオをうっとりと見つめた。
「おかえりなさいませ、旦那はん。お湯入れてますから、どうぞお入り下さい。」
「…おう。」
「?えらい疲れてはりますけど、大丈夫です?」
「疲れる客がいた。ジュリの元所有者だ。」
「!大丈夫だったんですか?」
「勿論。ジュリの誘拐に俺が絡んでいるなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。話題には上がったけどな。『大切な子供が行方不明になってしまった。探しているが見つからない。』ってね。ホストクラブに来といて何いってんだか。」
言葉とは裏腹にロミオの表情はどこか嬉しそうだった。
「ところでヒロネ、俺たちがここにきて何年になる?」
「?そろそろ、三年くらいですけど。」
「もうそんなにか、前のところは?」
「前?キョウトだと三年、UMEDAは、一年ちょっとだったと思います。あ、もしかして引っ越しです?」
ヒロネの問にロミオはただ笑うにとどまった。
ロミオは書斎に戻ると、いつものように金庫を開け、彼の愛し子達を愛でた。
一つ、延棒を取り出すと手で弄びながら、椅子に腰をおろした。
「さて、どうするべきか…」
ふと、書斎の机の上に置きっぱなしになった茶封筒が目に入る。
ジョウから受け取った、ジュリの検査結果だ。
普段のロミオなら読むだけ無駄だとゴミ箱に放り込むのだが。
「一応、目を通しておくか。」
何を思ったのか、封筒から資料を取り出す。
中にはジュリの血液成分が含まれている。
ヘモグロビン量。
ホルモン量。
そして、微細ながら含まれる物質の数々。
中には種類が特定されず、密度や血液中の濃度が記載されている。
「密度19.32グラム立方センチメートル……?」
ロミオは目を見開き、そしてニヤリと口角を上げた。
翌朝、ロミオは普段着ることのない仕事用のスーツを着て出社した。
手には銀色のアタッシュケース。
「どうしたんだロミオ、そんな格好で。」
「よおジョウ、所長にアポを取りたいんだけどやってくれないか?」
「え?別にいけど、何かあった?」
「いいから早く。」
「分かったよ。…あ、キリシマです。ロミオ・コンゴウが所長に折り入ってお話があるみたいんだんですけど、何時頃…、分かりました。三十分後ですね。」
ホノサキの秘書によると、三十分後なら十分程度話ができるらしい。
「ところで、その荷物は何?多分部屋に入る前に止められると思うけど…」
「これか?」
ロミオがアタッシュケースを床に倒し、鍵を開ける。
すると、まばゆい光が中から溢れ出した。
「眩しっ!って、え?それ、もしかして??」
「そ、俺の大事な大事な可愛子ちゃん達。」
アタッシュケースに詰め込めるだけ詰め込まれた、金の延べ棒。
部屋の照明を浴びてこれでもかとキラキラ輝いている。
「運んでくるの苦労したんだぜ。小さいケースとはいえ、二十キロあるからな。」
総額にして、何千万。大台にも乗るかもしれない。
「そ、それを持ってきて何するつもりなんだい?」
「何のためって、使うためだよ。不本意だけどな。」
「使う?」
「そ。ま、これでも足りんかもしれないけどな。」
ロミオはアタッシュケースを愛おしそうに撫でる。
「まさか、
「それは流石に無理なくらい俺でもわかる。もっと小さいやつだ。」
「…!まさか、ホノサキ家の家宝?」
「それも欲しいけどな。ジュリだよ、あのガキ。」
ジョウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、そして筆舌に尽くしがたい厳しい顔をロミオに向けた。
「…ロミオ、君が異性に興味を持ってくれたのは嬉しいけど、流石に彼女は若すぎるんじゃないかい?」
「何だっていいじゃないか。俺は、欲しい物は手に入れなきゃ気がすまないないんだ。」
何よりも愛する『黄金』と引き換えてでも、ロミオはジュリを欲した。
「あ、そうだ。これ、お前に返すよ。」
「え?…これ、この前あげたジュリちゃんの検査結果…。」
「興味深かったぞ。それと、個人的に気になったところ、印つけといたから追加検証よろしく。」
ロミオの言葉にジョウは慌ててページをめくる。
そして、その箇所を見て、ロミオのこの奇行に意味があることを悟った。
「分析、どれくらいかかる?」
「今からかかって一週間。上に報告するのはその後だね。」
「一週間か。分かった、十分だ。」
ロミオは時計を確認し、アタッシュケースを持つとジョウのラボを後にした。
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