第19話 別れの報酬

午前六時。

中層エリア居住区域に電動自動車モービルが静かに道を縫って行く。

高層エリアであればいざ知らず、中層エリア以下は少人数用の車を所有できるのはほんの一握り。

車は上層階のアルカディア・ケミカルからやってきた。

目的は、公共機関電車では憚られるものを運ぶためだ。

中層エリア最上階、外縁部一等住宅街。

その一角に、車は留まった。

そして停車と同時に家の扉が開いた。

黒髪に細い目の男、ロミオだ。

傍らには、フードを目深にかぶったパーカー姿のジュリ。

ジュリの足はおぼつかないが、ロミオは支えもせずただ少し離れて車に乗り込む様を監視している。

後部座席にジュリが乗り込み、ロミオは助手席に乗り込んだ。

運転席は、空席。

ロミオとジュリがシートベルトをつけると、車は走り出した。

自動運転オートマチックドライブの車は、中央輸送塔に向かって行く。

滅多に使われることのない、車用エレベータで高層エリアまで上昇し、目的地であるアルカディア・ケミカルまで車は一度たりとも止まることなく走行した。

その間、社内は無言であった。

喋れないジュリと無駄口を厭うロミオでは当たり前なのだが。

アルカディア・ケミカルの社用駐車場の更に奥、重役たちの昇降用ロータリーにはジョウと、ホノサキが二人を待っていた。

「おはようロミオ。今までご苦労だったね。」

「全くだ。ガキは、後ろだ。」

「オーケー…おはよう、ジュリちゃん。今日からここが、君の家だよ。」

顔見知りのジョウが迎えてくれたからか、ジュリの表情がわずかに緩む。

その表情も、ホノサキを前にすると緊張したものに変わったのだが。

「おはよう、ジュリちゃん。私がここの責任者のホノサキよ。アタナのことは聞いているわ。ここにいれば、誰もあなたを虐めないわ。」

「…」

ジュリはホノサキの顔を見つめ、そしてロミオに目線を向けた。

縋るような目線ではなく、意見を求めているような、どこか強い意志を感じる目だ。

今まで狩った子供たちとは異なる、助けを求める様な目線ではない。

それにロミオは、僅か、ほんの僅かではあるが動揺した。

「大丈夫だ、俺もここにいる。気が向いたら、会いに行ってやる。」

「え?ロミオ、どうしたんだ?君らしくない。」

ジョウの言う通りだ。

ロミオ自身、口を吐いた言葉に驚いていた。

「あら?やっぱり、一つ屋根の下で過ごしたら気持ちが移るのかしら?」

「かも、しれませんね。嗚呼でもご心配なく。手を出したりとかはしてませんよ。ガキなんて。」

「あら?私はてっきりそうかと思ったのに。」

「あー、それ以上はジュリちゃんの教育に悪いので…。」

なんて会話を!とジョウは慌てて二人の会話を終わらせた。

「そうね。ジュリちゃんも疲れたでしょう?今からあなたの部屋に案内するから今日はゆっくりなさいな。コンゴウくん、あなたも今日はゆっくり休みなさい。」

「いや、ホノサキさん。先に報酬だ。この為にやってきたんだからな。」

「…そうね。あなたには大きな負担を強いたものね。キリシマ主任、悪いけどジュリちゃんをお部屋に連れて行ってあげて。」

「わかりました。じゃロミオ、また。」

「おう。」

ジョウとジュリが実験室エリアに上がるエレベータに、ロミオとホノサキは最上階へと上がるエレベータにそれぞれ分かれた。

「コンゴウくん、今回は本当にありがとう。キリシマ主任から彼女アレの体質は聞いているわ。医療業界を大きく前進させる重要な存在よ、彼女アレは。」

ホノサキは口角を釣り上げ、喜びを隠そうとしなかった。

アルカディアケミカルが捉えてきた子供たちの中でも、ジュリの体質は希少で、彼女の超回復ウイルスが解明できれば、莫大な富を得ることができる。

効能が一時的であることも、恒久的な需要を考えれば非常に理にかなう。

まさに、金を生む雌鳥。

「目に見えなくなってから、早速アレ扱いですか。」

「あら?アレを『金』としか見ていない人には言われたくないわね。本当に情でも移ったのかしら?」

「御冗談を。」

所長室に着くなり、ホノサキは机に備えられた鍵付きの引き出しを開け、中からアタッシュケースを取り出した。

解錠し、蓋を開けてロミオに向ける。

「これで足りるかしら?」

「…二十…確かに、いつもの十倍ですね。」

ロミオはインゴットを一本一本鑑定し、満足げに頷いた。

「約束通りの品、ありがとうございます。」

そして革の袋を取り出し、延棒インゴットを中に詰めていく。

「このままだと、ドーシュ中の黄金があなたのモノになりそうね。そろそろ、集めるのが辛くなってきてるのよ?他の報酬では駄目かしら?」

「嫌ですよ。こっちだって危険を顧みず仕事をしているんです。まあでも、黄金がどうしてもだめなら、装飾品ジュエリーが良いですねぇ。できれば台座が金の。18KまでならOKですよ。」

「それじゃあ、金と変わらないじゃないの。手に入れる私の身にもなってちょうだい。そっちの界隈で、私は黄金狂いの女って思われてるんだから。」

「良いことじゃないですか。金の商人が向こうからくるんじゃないですか?」

「確かにそうだけど、最近は値を釣り上げてくるのよ?…しばらくは、現金キャッシュで我慢して頂戴。」

強い口調にさすがのロミオも首を縦に振らざる負えなかった。


ホノサキから報酬を受け取ったロミオはそのまま家に戻った。

「嗚呼…今日来たのも美しいなぁ…」

頬ずりしたい欲求を堪え、ロミオは特製の抵抗測定器を取り出し机に広げた。

インゴットの両端に電極を当て、その抵抗値を見る。

中に盗聴器や、別の金属が入っていないか調べるためだ。

この検査をしなくても、長年黄金と触れ合ってきたロミオとしては持ち上げただけで純金かそうでないかはわかるのだが、念には念を入れいてるのだ。

「今回も大丈夫そうだな…ああ、やっと」

待ちに待った瞬間。

書斎で行われる人生の悦楽とも言える時間。

美しい愛しい金との触れ合い。

逸る気持ちを抑え、抵抗測定器を片付け黒いベルベット生地を広げる。

扉の施錠を確認すると、金庫の扉を開けた。

「次からしばらく現金か…ったく契約が違うぞ契約が。まぁ、金庫も手狭になってきたしその資金と考えればいいか…。」

ロミオの言う通り金庫の中は集めた延棒インゴットと金貨がぎっしりと詰まっている。

金庫自体の重さ、そして中に収まる黄金の重さでよく床が沈まないものだ、と掃除をするヒロネは心配をしているのだがロミオの知ったことではない。

広げたベルベットにインゴットを並べていく。

百本以上の輝く棒が机に所狭しと並べられていく様は、圧巻の一言。

「…今回の報酬合わせて百二十七本。我ながら、頑張っているな、うん。」

ジュリの仕事の報酬は今までの仕事孤児狩りと比較しても十倍。

競合他社が狙っていたことからも、彼女の存在は医療・製薬業界の変える貴重な存在だ。

が、ロミオは業界のことなど頭になく、ただ、報酬が手に入ればそれでいい。

それで良いはず、だ。

『だんなはーん、そろそろお昼ですよ』

ドアの向こうからヒロネが声をかける。

「今取り込み中だ。」

『また金遊びです?先にご飯食べて下さい。全然片付きません。それと、ジュリお嬢様の服、どうしましょ?』

「あ?服?」

ロミオは解錠し、ヒロネを中に入れた。

「はい、お嬢様のお服です。さっき洗濯してたんで、お嬢様の荷物にできんかったんです。部屋着と寝間着と、あと下着もありますけど。買ったばかりでまだ何回も着てはらへんし、古着屋にまわしてもええとは思いますけど…。」

「そうだな。一番高く売れ。」

「了解です。でも、手段としてはネットオークションが一番ええんですけど、足、ついたらあかんのですよね。」

「そうだな。」

「せやったら、やっぱり下層市場の古着屋になりますね。二束三文ですけど。それやったら、お嬢様に会いに行った時に渡しはったらええんちゃいます?会うんくらいはできはるんですよね?」

「そうだな。」

するりと出た自分の言葉に、ロミオは違和感を覚える。

会いに行く。

実験体に会いに行く。

思ってもみなかった、言葉。

彼女はロミオにとって金との交換物であり、時間を割くような相手人間ではないのだ。

「(無駄なゴミを渡しに行くだけだ。)」

ロミオは自分にそう言い聞かせ、書斎を出た。



ジョウのラボを訪れたロミオは先客の姿に踵を返そうとする。

「あっ!コンゴウ先輩!お疲れ様です!」

だが退出するよりも先に見つかってしまい、仕方なくそのまま入室した。

「ハヤマさん、邪魔をしたか?」

「今丁度終わったところです。ジュリちゃんの健康チェックです!」

「やあロミオ、お疲れ様。ではハヤマさん、また明日。」

「はい!…ではコンゴウ先輩、また後ほど。」

「嗚呼。」

エリナは会釈をして、相変わらずの谷間をチラつかせてラボから出ていった。

扉が閉まると、ジョウは大きくため息を吐いた。

「なんだ、お前らしくもない。ハヤマが苦手か?」

「いやいや、そんなことはないけどね。ほら彼女、凄いじゃん?それが至近距離にあったらさ、男としてほら、ね?」

「具体性を欠く内容だな。まあ否定はせんが。」

「おお!やっぱりさすがの金狂いもあの超弩級メロンカップ…いやスイカップには逆らえないか!良かった、お前にも男としての部分があるんだな!」

同士よ!と絡んできたジョウに嫌悪の眼差しを向けながら、ロミオは本題に入る。

「で、俺に用事があるんだろ?仕事孤児狩りか?」

女体に興奮していたジョウの表情が切り替わる。

同じく興奮を宿しているが、その目には知性が光る。

「分析の結果が出たんだ。」

何の、とは言わなくてもわかる。

ジュリの血液だ。

「そんなものに興味があるとでも?」

「あれ?君、結構ジュリちゃんを気に入っていたじゃん。」

ジョウの言葉にロミオは怪訝な顔をした。

「寝言は寝てから言え。」

「ひどいなぁ。だって君、子供嫌いなくせに何週間も、平気で一緒だったじゃないか。それにたとえ報酬が良くても、得体の知れない人間を、君の宝物黄金がある家に何週間も滞在させるのかい?」

「いや、だってあいつは大人しかったし、動くことすら出来んくらい弱ってたからな。それに家にはヒロネがいる。」

「そうだけど、もし教団がジュリちゃんを見つけて君の家を襲ったらヒロネちゃんも危なかったと思うよ。まあ、あの家、セキュリティはしっかりしているし万が一襲撃があっても十分後には警備が来るから大丈夫は大丈夫だけど。」

はいこれ、とジョウはロミオに茶封筒を渡す。

「ジュリちゃんの解析結果。一応渡しとくから、興味が出たら読んでみたら?」

「ま、もらっとくだけもらっとく。…で、次の俺の『仕事』は?」

「そうだねぇ、今研究部はほぼ全員ジュリちゃんにかかりきりだし、しばらくは血液回収ばっかりかな。ホノサキさんの方も、君に渡す『報酬』を集めるの苦労しているみたいだよ?」

「らしいな。次からはしばらく現金キャッシュだってよ。嗚呼、悲しいぜ俺。」

「別にいいじゃないか。それに金に比べて小出しに報酬出るんじゃないのか?」

「換金めんどくせえんだよ。ドーシュじゃ場所も限られてっし、足元も見られる。」

「まあ、ドーシュはまだまだ新興都市だし、金を買うニーズ自体低いからね。そんな中でアルカディアケミカルだけ金を買いまくったら、警察とかから睨まれるし。UMEDAや758くらいの都市なら誰がどれだけ買おうが気にはしないんだろうけど。」

「そうか?アルカディア・ケミカルは昔から金塊、持ってんのは有名な話だろ?所長が追加でいくら買おうが、大丈夫だと思うんだけどなぁ。」

そのロミオの言葉にジョウは一瞬思考を巡らせるが、あれか、と合点する。

「もしかして、ホノサキさんちの『家宝』のことか?」

「そうそう。今回も、『金が用意できないならそれで』って何度言いそうになったか!」

アルカディア・ケミカルの創始者一族、ホノサキ家。

何百年も昔、ドーシュ近辺に住んでいた薬問屋穂前家ホノサキが、あるとき黄金でできた神獣の像を手に入れたという。

その像のご利益か、ホノサキ家は大いに発展し、数百年間栄華を極め、今日では巨大都市の支配者にまで上り詰めたのだ。

その像はアルカディア・ケミカル内の専用の金庫に厳重に保管されている。

厄除けを表す猛獣の姿をしたそれは、ホノサキ家と彼らの信頼厚いごく一部の部下のみ見ることができるという。

「このビルのどっかにあるんだろ?ジョウは見たことあるか?」

「いや話だけ。カラサキさんは見たことあるらしいけどね。」

「マジか!おっさん、羨ましいなぁ」

うっとりと、とろけ出したロミオの顔にジョウは大きなため息を吐いた。

「ところでロミオ、何か用事があったんじゃないか?」

「…忘れてた。これ、ヒロネがガキに渡せって。」

ロミオはジュリの寝間着が入った袋をジョウに渡そうとした。

「それならさっきハヤマさんに渡したらよかったじゃないか。ジュリちゃんの世話係だし。彼女は今から別の仕事だから今日はもうここ実験エリアにはこないよ。」

「そうか。じゃあ、明日ハヤマに渡しといてくれ。」

「直接渡せばいいじゃないか。ジュリちゃん今なら検査の合間で空いてるし。きっと喜ぶよ。」

「え、面倒くさい。」

「まあまあそう言うなって。ここからジュリちゃんの部屋まで近いんだから。」

椅子から立ち上がり、ラボから出ていくジョウをそのままにもできずロミオは仕方なくジョウに続いた。

ラボの奥、セキュリティゲートを一つくぐると左右がガラス張りの廊下に出る。

そこは、ロミオ達が今まで狩った子供たちが収容されていた。

一人一部屋。

部屋の様相は子供によって様々である。

収容されて間もない子供は、壁一面に緩衝材が貼られた部屋。

子供が暴れても怪我をしないようにベッドはマットレスが床に固定されている。

天井の一角に付けられたモニタにはアルカディア・ケミカルの社員が延々と子供たちに『教育』をしている。

子供たちを『保護』するために手荒な手段をせざる負えなかった理由や、子供たちの体質が希少で、それを研究することで沢山の人が助かることを、言葉を変え人を変え延々と流し続けている。

最初は警戒していた子供たちも、段々と洗脳され自分の境遇を受け入れていく。

ゴミと並んで眠っていた頃に比べれば、清潔で柔らかい寝床、そして食べ物に困らない環境。

守ってくれる人間のいない子供であれば境遇を受け入れざる負えない。

逆らえば、自我を失う薬を投薬され、命尽きるまで搾取され続ける。

従順になれば、服や玩具が与えられ、さらに警戒心がなくなれば、市民情報パーソナルデータが付加されて社員の養子となる。

そうなれば、中層家庭の子供と同じように学校にだって通えるのだ。

体に追跡器を埋め込まれ、常時監視の目が光っているのだが。

「なんだ。案外、良い扱い受けてんじゃん。」

「まだ子供だし、こちらが味方だってわかれば、実験も好意的に受け入れてくれるからね。大体の子供たちは、素直に受け入れてくれているよ。どんなのを想像してたんだ。」

「台に縛り付けてひたすら実験。」

「そういう意見もあるんだけどね。わざわざ市民情報パーソナルデータを作る必要ないってね。でも、ウチはあくまで『人道的実験』を行う企業だから。」

「ふーん。よく言うよ。この『人道的実験』は絶対表には出さないくせによ。」

ジョウは苦笑する。

「…それでも、何人かはもう亡くなってるけどね。」

「…」

ジョウは更に奥へと進む。

「ジュリちゃんはもう一つ奥のエリアなんだ。彼女の為に新しく作ったんだ。」

廊下の奥には真新しい、強固な防弾ガラスの壁と、認証用のカメラ。

『キリシマ主任、およびコンゴウ調査員の入室を許可します。』

ジョウの顔を認証すると壁が左右に開き、二人の入室を許可する。

「そういえばジュリちゃんだけど、ちょっと困ったことがあってね。」

「へー」

「ちょっとは興味示せよ。原因は調査中だけど、バイタルサインが取れないんだ。聴診器とかローテクなのは取れるんだけど、電子機器になると何故かエラーばっかり出るんだよ。体温計も駄目。資料館から、水銀温度計を引っ張り出したくらいさ!君の家にいた時は大丈夫だったんだけどね。なんでだろ?」

「知らん。機械がぶっ壊れてんじゃないのか?」

「それはないと思うけど、もしかしたら超回復ウイルス以外に、何かあるのかもしれない。」

廊下の左右には一室ずつ部屋がある。

手前のエリアと同じく廊下との間は透明な壁で、片側は暗く、もう片側は明るい。

ジュリがいるのは、明るい部屋。

内装は白く、ベッドと机、そして本棚が置かれている。

白い部屋。

そのなかで、一つだけ色を持っているものがある。

薄い金色がキラキラと光る。

思わずロミオが見惚れるほどの、煌めく光。

それはゆっくりと、こちらを振り返った。

「コチラ側は見えていないはずなんだけど、気付いたのかな?」

「……」

「ロミオ?どうかしたか?」

「あいつの髪、あんな色、だったのか?」

「色?…嗚呼、そういうことか~。そう、今まで髪の毛が短くて色が分かりづらかっただろうけどジュリちゃんは金髪だったんだ。君の好きな『金』の色だ。」

ジョウの言う通り、ジュリの髪の毛は輝くばかりの金色だった。

今までは短髪で、栄養状態が悪くて白髪交じりだったのが、療養による栄養状態の改善で本来の色に戻ったのだ。

ロミオの家では分かりづらかったのだが、白い部屋では、その薄い色がよく目立った。

ロミオが愛する、黄金の色に。

「…そうだな。」

思わず口を吐いた言葉にロミオ自身も驚いた。

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