第18話 少女の恩返し
ヒロネは帰ってきたロミオの姿を見るなり絶叫した。
「どうしはったんですかその怪我!?」
ロミオの顔こそ綺麗なままだが、服は右肩が破れており、そこから血が滲んでいる。
乱闘になった時に、投げたナットで立ち塞がる三人は昏倒できたのだが、後ろから迫っていた仲間がナイフを持っていたのだ。
結果的に全員撃退できたが、肩と太ももに切り傷と打撲を貰ってしまった。
調査結果としては成果なし、しかも怪我&ボロボロの姿で上層階に戻れば、それこそ目立つと判断し、ロミオは自宅に直帰したのだ。
「先に怪我の、いやでもお風呂の方が、ええっと…旦那はん!お風呂と怪我とどっちがええです!?」
「なんか色々オカシイぞ。とにかく落ち着け。」
混乱するヒロネにロミオは盛大にため息を吐いた。
「血ぃ止まっているし先風呂入るわ。服、用意しとけ。」
ロミオは脱衣場に入ると扉を閉めた。
欲を出して働いたはいいものの、空振の上怪我をしてしまい、しかも服も破れた。
仕事上、怪我をすれば『見舞金』の形で手に入るがそれは金塊に比べれば微々たるものだ。
せいぜい
「って」
血は止まっているとはいえ、傷口に湯がしみる。
汗と泥を洗い流して浴室を出ると脱いだ服はなくなっていて、代わりに部屋着が用意されている。
「旦那はん、消毒しますから来て下さい、って下着姿やないですか!?」
リビングでロミオを待っていたヒロネはパンツ一丁で入ってきた主人に赤面した。
「どうせ消毒の時に脱ぐんだ。めんどくさい。」
「せやったら『服、用意しとけ』とか言わんでも良かったや無いですか~!」
ヒロネの悲鳴も無視してソファに腰を下ろす。
ヒロネはできるだけロミオを見ないようにしながら、手早く傷を消毒し、治療用パッチを貼り付ける。
傷口に適度な湿り気を与え、治癒速度を上げる製品だ。
勿論、アルカディア・ケミカル製。
「それにしても、旦那はんが怪我しはるなんて珍しいですね。」
「囲まれてな。逃げるに逃げれんかった。」
「追い剥ぎ?カツアゲ?」
「まあそんなトコだ。十中八九、ジュリを狙ってる奴らの差し金だ。」
「…お嬢様、そない人気者なんですね。」
「だな。たかが怪我を治す程度の能力なのになぁ…あ~それにしても運動したら腹減った!ヒロネ、今日の飯は?」
「今日は鶏の炊き込みご飯とだし巻きです。豆腐の白和えとおからサラダ、それに茄子の味噌汁です。」
「……うーん肉がないな。」
「炊き込みご飯に入ってます!それにタンパク質ならだし巻き白和えおからサラダにも十分入ってます。最近、肉肉しいメニューでしたから、たまにはアッサリ料理挟まんと、胃腸に悪いですよ…はい、これで出来ました。ドライヤー持ってきますさかい、早う服着て下さい。」
「あんがと。」
ロミオが服を着るとヒロネはドライヤーでロミオの髪の毛を乾かし始めた。
「ふあぁ~…そういえば今日はハヤマが来たらしいな。」
「はい!ジュリお嬢様とも楽しくお話してましたよ。」
「
「そうですけど、ちゃんと反応は返してはりましたし。でもハヤマ様、素敵な人ですねぇ!しかも、旦那はんのこと好いてはるみたいやし。」
きゃっきゃっと賑わうヒロネにロミオはげんなりと顔を曇らせる。
「ああいうお嬢タイプは苦手なんだよ。こっちのペースにハマりもしない、しかも自信満々。『善人』な分やりずれぇよ。」
散々な評価にヒロネは苦笑いをする。
「そう言えば今日、ジュリお嬢様はお一人で体洗わはりましたよ!何かあったらあかんから、付添はしましたけど。手の力がだいぶ戻ってるみたいです。歯磨きも問題ないみたいですし。」
「それは良かったな。」
「はい!言うことちゃんと守ってくれはるし、ホンマジュリお嬢様もええ子ですわ~。」
「そうか。ま、ちゃんと世話しててくれよ。なにせ、大事な大事な
「分かってます。ほな、髪できましたしご飯にしましょ。」
「?」
翌朝、目覚めたロミオは違和感を覚えた。
寝る前まで苛まれた肩と足の痛みが全く無い。
そして、凄まじい空腹感。
試しに足の湿布を剥がしてみると、鬱血していたはずのそこは肌色に戻っている。
肩の傷も、治癒している。
「(…まさか?)」
ロミオは確かめるべく、ヒロネの部屋に向かうとちょうど部屋からヒロネが出てくるところであった。
手に体温計を持って。
「あ、旦那はんおはようございます。ジュリお嬢様、ちょっと熱が出ているみたいなんです。キリシマはんに連絡してもええです?」
「熱?高いのか?」
「38℃まではいってはらへんですけど…。」
「分かった、ジョウへの連絡頼むぞ。」
「あ、ちょっと旦那はん!」
ロミオはヒロネの制止を無視して部屋に入る。
廊下の会話を聞いていたのか、ジュリは目を開けて入ってきたロミオの方を見ている。
そう言えばジュリの顔を見るのは数日ぶりだとロミオは気付いた。
殆ど寝ているジュリと、家に帰ると風呂・飯・金・寝るのサイクルのロミオでは顔を合わすほうが難しい。
ジュリは目だけを布団から出して、ロミオを見ている。
「夜、俺の部屋に来たか?」
「……」
ジュリの頭が揺れた。
肯定している。
「んで、俺の体に触ったのか?」
頭が揺れる。肯定。
案の定、ジュリはロミオに自分のウイルスを感染させ、創傷を治癒させたのだ。
疲れていたとは言え、ジュリの気配に気付かない自分にロミオは苛立った。
「一応礼は言っておく。ありがとよ。だがな、お前は大事な大事なガキだ。勝手な真似をして、体調を崩されちゃぁ困るんだ。」
ロミオの言葉にジュリがビクリと震える。
「(…きつく言い過ぎたか?)」
ロミオがジュリの表情を見ようと近付くとまた一層震える。
ジュリは、怯えていた。
教団に囚われていた頃、助けを求めてきた人を勝手に治療してしまい、ムラサキにひどく折檻された記憶が蘇ったのだ。
それ以来、ジュリはムラサキが『許可』した場合のみ力を使っていた。
暴力と強制的な行使でジュリは肉体的にも精神的にもすり減っていた。
教団から離れた今、監禁されているものの、温かい食事に寝床が用意され、麻痺していた感情が少しずつ戻ってきたのだ。
そしてジュリとしては、世話をしてくれているヒロネの大切な人(?)が怪我をしているという話を聞いて、恩返しをしたいと思った末の行動だった。
眠るロミオに数秒触れる。
それだけでジュリの体内にいるウイルスはロミオに感染し、朝までには裂傷も打撲も完治したのだ。
だが、ロミオの機嫌を害したようでジュリは教団と同じ様に折檻されるのだと身構えた。
しかしロミオはベッドの縁に座り、ジュリの顔を見るとバツが悪そうにすぐに顔を逸した。
「あー、別に俺はお前に危害を加えるつもりはないっての。そんな顔するなよ、こっちが傷付く。」
「!」
ロミオはジュリの、短い髪の毛を指の背で撫でた。
「俺がお前を助けたのは親切心じゃぁない。金のためだ。だからお前を傷つけるような真似をするやつからは守ってやる。安心しとけ。」
あくまで商品価値が下がることを恐れての言動ではあるが、嘘ではない。
ロミオの意図を理解したのかしていないのか、ジュリは大きく目を開けて、そして小さく頷いた。
「分かればよろしい!早く体治せよ。何かあったらたまったもんじゃないからな。」
ロミオはそう言い残して部屋を後にした。
傷を治す時にエネルギーを使ったのか、空腹感がひどい。
一歩歩くたびに悲鳴のように響く腹の虫とともにロミオは朝食の香り漂うダイニングに向かった。
その日の午後、ジョウのラボを尋ねると興奮した様子の部屋の主がロミオを迎え入れた。
「ロミオ、ジュリちゃんは大丈夫だ。それよりも、彼女の体のウイルスだけど、どうやら一定数を維持するように増殖をしているらしい。」
「一定数を維持?」
「そうそう。それに、彼女に触れた人がウイルスに感染するのは知っていると思うんだけど、どうやら『移動』みたいなんだ。」
「ん?感染って、移されたやつの体内で増殖するわけじゃないのか?」
「本来ならね。だけどこのウイルス自体、ジュリちゃんの体内でしか今の所生存できないみたいだし。まあ
「それでか!全く、余計なことを。」
「でも、おかげで怪我が治ったんだろロミオ。ちゃんと礼は言っておいたか?」
「一応な。で、ガキは何時になったら引き取ってくれんだよ。」
「まあまあ焦るなって。買収の件が上手くいってるみたいで、予定より早く決着が付きそうだって。あと二週間もすればこっちに受け入れる準備が整いそうだよ。そんなにジュリちゃんが嫌なのかい?」
「他人が家にいると調子が狂う。」
「よく言うよ。『金』以外、人間は
ジョウはジュリの血液の解析結果を出力したモニタを食い入るように見つめる。
その顔は段々と笑みを深めていく。
「ロミオ、凄いぞ!前の検査とは別の成分が検出されている。これは…成分不明?ライブラリを追加して再解析する必要があるな…」
自分の世界に入り、独り言を吐き始めたジョウにロミオはため息を吐いた。
「全く、二週間後には好きなだけ調べられるっていうのに。」
「実験は、試行回数が多ければ多いほど良いんだよロミオ。再現性の確認ってやつだよ。」
カタカタとキーボードを操作し、ジョウは血液の再解析の設定を行っている。
「…うーん、解析には一週間ちょっとか。まあ、ライブラリを変えたから仕方ないか。」
ぽん、とエンターキーを押し込むと、解析用のマシンが音を立てた。
「えらく時間がかかるんだな。」
「今までは簡易解析しかしていなかったから、短く済んでいたんだ。今回は遺伝子配列も調べるし、これくらいかかるよ。さて、ちょっと暇になったからお茶でもどうだい?ちゃんとお茶菓子もあるよ。」
ロミオの返事を待たずにジョウは小躍りしながらラボに隣接している彼専用のミニ・キッチンに引っ込んだ。
残り二週間。
残り二週間でジュリはアルカディア・ケミカルに収容される。
ロミオの懐には大量の黄金が。
ジョウには新しい研究題材が。
そして会社には莫大な富が。
ジュリには、従順にしていれば不自由で、清潔で、安全な生活が与えられる。
奴隷のような下層の生活と比べれば遥かにマシだ。
ロミオはそう思うようにした。
一週間後、ジュリの検診でロミオ宅を訪れたジョウはジュリにアルカディア・ケミカルへの移動を伝えた。
「ここは安全だけど、あくまでロミオの家だからね。これからもっと安全なところで生活できるよ。」
「…」
ジュリは相変わらず喋れないままだが、それでも話の内容を理解しているようで首を縦に振った。
「君の『力』は素晴らしいものなんだ。研究してその秘密が分かれば、沢山の人を助けることができる…」
いかにジュリが貴重な存在であるかを滔々と語っているジョウの姿をロミオは壁に寄りかかって聞いていた。
幼い少女であれば、会社が、とか人を救うなど想像できないだろう。
しかし、ジュリは教団に利用されたことで、自分が他人にとってどんな存在かを嫌というほど知ってしまった。
自分の意思では自由に生きれないのだと、達観しているのかもしれない。
ジョウの話に興味がないロミオはジュリの様子を漠然と見ることにした。
刈り取られていた髪の毛は少しずつ伸び、光に透けている。
ここに来た当初は充血し、さらには濁った色をしていた白目の部分も晴れ、ジュリの瞳の色を際立たせた。
金に近い、緑の瞳。
珍しい色で、ロミオの好きな色だった。
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