第14話 居候!?有能メイド、がんばります!

午前六時。

中層エリア第五階居住区エリア。

メイド服の少女と、荷台で大きな荷物を押す男が朝の街を歩いている。

二人の他には人は疎らで、居たとしても、メイドと業者の組み合わせは珍しいがあり得ないものではなく気に掛けるような存在ではなかった。

二人は中層居住区の一等地である外縁地区の戸建住宅にたどり着くと、メイドだけでなく、男と荷物もそのまま中に入った。

玄関をメイドが施錠するなり、男は力尽きたように上がり框に仰向けに寝転んだ。

「っかれたーああ!!」

「ちょっと旦那はん!こんなとこで寝んといて下さい!」

ヒロネは土間を占領する荷台と荷物の間を縫って靴を脱いだ。

「で、これはなんなんです?まさか死体やないですよね?」

ヒロネの言葉にロミオは腕時計型端末でバイタルサインをチェックする。

「まだ大丈夫だな。ヒロネ、中のガキ、キレイにして寝かせるなり飯食わせるなりしててくれ。」

「ガキって、ええ!?ちょっ、旦那はん!」

ヒロネの呼び止めも虚しく、ロミオは書斎に引っ込んだ。

エプロンを脱ぎ、アンダースーツを寛げながら、ジョウに電話を掛けた。


『ごめんなさぁいコンゴウ君。競合組織ライバルの動きを抑えれなかった私の責任だわ。』

「ホントですよ。このことは、きっちり報酬に反映してくださいね!」

『もちろんよ。それにしても、業者に紛れて下層から上がってくるなんてよく思い付いたわね。凄いわ。』

ロミオがジョウに事の次第を報告すると、直ぐ様ホノサキから電話が掛かってきた。

どうやら競合企業が廃棄ダクト付近を見張っていると知り、会社に出てきてジョウと共にロミオからの連絡を待っていたらしい。

そしてロミオが、自分のメイドと共に下層エリアから中層エリアに移動したと聞き、胸を撫で下ろしたという。

ロミオはヒロネと大階段プラザで合流したあと、ヒロネに用意させたエプロンと帽子で市場関係者に変装したのだ。

少女が入った運搬袋をさらに麻袋に入れてダンボールに入れれば、買い物をし過ぎたメイドと荷物を運ぶ業者の出来上がりである。

「所長は上層階暮らしだから知らんでしょーが、下層から中層に行くなんて、幾らでも方法があるんですよ。で、このガ、実験体の回収はいつにするんで?」

『それがね、ちょっと暫くそちらで預かってもらえないかしら?』

「はあ!?」

『例の競合企業がね、どうやらウチを嗅ぎ回ってるみたいなの。今後のことがあるから、ちょっと『対処』が終わってから連れてきて頂戴。その子の都市居住者情報パーソナルデータは貴方の親戚ってことにしておくから。ええ、心配しなくても、少女の生活費は支給しますし、それとは別に特別手当を出すわ。これくらいで足りるかしら?』

端末に送られてきた数字にロミオは思わず顔が緩んだ。

「さっすが、所長サンは話がわかるッ!」

『当然よ。それだけその少女は貴重なのよ。健康状態チェックにキリシマ主任を派遣するわ、詳しくは彼から聞いて頂戴。』

「分かりました。」

ロミオはホノサキとの通話を切ると大きな欠伸を一つ。

服を脱ぎ、風呂場に行くと先客がいた。

ヒロネと少女ブルーだ。

半裸のロミオにヒロネは目を丸くする。

だが一瞬で我に返り、口を開いた。

「旦那はん!仕掛りなんでちょっと待ってて下さい!」

ヒロネは少女を浴室に運び、中から少女の服を脱衣場に放り出した。

『終わったら声掛けますから、廊下いといてください!』

「へいへい。」

ロミオはヒロネの言うとおり大人しく脱衣場の外に出て座り込んだ。

火照った体にフローリングが心地よく、気を抜けば寝てしまいそうであった。

深夜仕事に加え、軽いとはいえ人一人担いで走り回り、最後は荷台で長距離を移動。

身体も精神も消耗していた。

睡魔がじわじわと広がりはじめた時、シャワー室のドアが開く音でロミオは現実に揺り戻された。

バスタオルを広げる布の音がして、脱衣室の扉が開くとヒロネと、バスタオルを巻かれた少女らしき塊が飛び出してきてロミオの前を足早に通過した。

「この子のことは後できっちり説明して下さいね!」

美しい眉をこれでもかと釣り上げてヒロネは廊下を突き進み、リビングへと入っていった。


風呂から出たロミオがリビングに戻るとテーブルの上には朝食が用意されていた。

キッチンではヒロネが小鍋で粥を炊いている。

「旦那はんお疲れ様です。」

「ん、ガキはどうだ?」

「そこのソファで寝てはります。えらい、痩せてはるけど、どこの子なんです?」

「下層の変な宗教に囲われていたカワイソーなガキだよ。会社で保護するんだとさ。名前はワカンネ。」

怪訝な顔をするヒロネを無視してロミオは食卓につく。

食卓の上には、上級米の精米飯に湖水都市O2産の蜆の澄まし汁、ブロイラー卵の出汁巻き。そしてロミオの好物である大根の酒粕漬。

「いただきます。」

「はいどうぞ。…よし、出来た。お嬢様、ご飯できましたで。」

ヒロネは出来上がった粥を器によそって少女が眠るソファに移動する。

ソファの前のローテーブルに粥と飲み物を置いて、そっと手を握る。

少しずつ、少女は目を開ける。

「おはようございます。お嬢様、私はロミオ様のメイドのヒロネいいます。こっちがロミオ様です。」

「…」

聞こえているのかいないのか、少女はただぼんやりとヒロネを見ている。

「お粥作ったんですけど、食べはります?」

ヒロネは少女の反応を待った。

少し間が空いて、手が握り返されるとヒロネはニコリと笑った。


まるで親鳥の様にヒロネはせっせと粥を少女の口元に運ぶ。

一口目と二口目は遠慮がちだった少女も、三口目からは待ち構えるようにヒロネの手元を見るようになった。

「お口にあったみたいで嬉しいわ~。まだお鍋にお代わりありますけど、どないします?」

ヒロネの問いかけに少女はゆっくりと頷いた。


少女が粥を完食する頃には、ロミオは食後の白湯を満足げに啜っていた。

「旦那はん、また明日からお仕事です?」

「あー聞いてなかったな。ま、ちょいと一眠りしてから聞いてみるわ。ふぁあ…」

空腹が満たされてロミオは大きな欠伸を一つ。

「お嬢様は一旦私の部屋で寝かしますけど、ええですか?」

「俺の安眠を邪魔しなきゃなんでも。じゃ、寝てくるわ。」

這い上がってくる睡魔に抗い、ロミオは書斎に足を運ぶ。

どれだけ疲れていても、眠くても欠かさない日課。

金庫を開き、中から恋人と言っても過言ではない存在を優しく取り出す。

部屋の照明を受けて輝く眩い存在。

ずっしりとした重量は、彼にとって幸せそのもの。

「……美しい……やっぱり最高だ。」

十人十人が『気持ち悪い』と感じるであろう崩れて蕩けきった笑顔。

数日前にロージィ・ナイトでロミオに見惚れていた客が見れば確実に幻滅するだろう。

「あのガキのお陰で、またお仲間が増えるぞお前たち。」

不気味な笑い声を上げながらロミオはたっぷりと金塊を愛でた。


「まったくもう!ホンマ我儘なお人やわ!」

ロミオの傍若無人ぶりにヒロネは唇を尖らせる。

暴力や暴言こそないが、その我儘ぶりは留まるところを知らない。

今朝の様に、理由も言わずあれを用意しろこれを持って来いだの、ヒロネの苦労と危険を全く顧みていない。

華奢で年頃の、しかも美人なメイドを治安が悪い夜の下層に呼び出すなど危険極まりない。

ヒロネとて、多少の護身術と小型電撃銃スタンガンは常に携帯しているが、それでも少しは心配してほしい!

と、ヒロネは叶わぬ小さな思いを持っていた。

ロミオの無茶な要求は自分ヒロネを信頼している故、とも取れるので嬉しいことは嬉しいのだが。

「さて、お嬢様、お疲れやろうし、一先ず休みましょか?」

空腹が満たされぼんやりとしてきた少女を、ヒロネは軽々と持ち上げて部屋に運んだ。

ヒロネの部屋はその性格を表すように整然としていて、最低限度の家具しか置かれていない。

ベッド、ドロワ、ノートパソコンが置かれた机と、椅子。

出窓に造花の花が一輪、小さな花瓶に差されている以外に家具らしいものはない。

「よいしょっと!後で水持ってきますから、よう休んでくださいね。」

ブランケットを少女に掛けて最後に頭を一撫でしてヒロネは部屋を出た。

主人の様子を見ようと、ヒロネは二階に上り書斎のドアに耳を当てて、大きくため息をつく。

お世辞にも上品とは言えない主人のくぐもった笑い声に、せめてこれが無ければ、いや欠点は山程あるが、ビジュアル的にヤバいこれだけでも辞めてくれれば、見た目は完璧なイケメンと言えるのに!と。

ヒロネの願いも虚しく、ロミオの不気味な笑い声は暫く書斎に響いた。

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