第13話 行きは良い良い帰りは無い無い!?

ギイ、と重い音を立てて鉄格子が開く。

起きているのか眠っているのか少女は無反応のまま。

ロミオが足首の枷を外しても、動かない。

簡易な服に、痩せ細った体。

年齢は不明だが、平均的な少女の体格ではないことは明らかだ。

衰弱状態がひどい。

実験室に連れて帰っても、検査諸々に果たして耐えられるかどうか。

だがそれはロミオが心配することではない。

ロミオの仕事は、あくまで生きて連れて帰ることだ。

特に今回の仕事は運が良ければ普段の十倍と、破格も破格。

失敗する訳にはいかない。

抵抗らしい抵抗は何一つないが念の為と、少女の口にテープを貼る。

無反応。

足と手を結束バンドで拘束し、ジョウ特製の携帯運搬袋に詰める。

薄いのに抜群のクッション性と遮音性、更には酸素もクッション部分から供給されるスグレモノだ。

ロミオは袋詰の少女を担ぎ上げ部屋を後にする。

廊下には人影はなく、吹き抜けから階下を覗いても人の気配はない。

エントランスへと続く階段を降りる。

順調である。

一階に降り立ち、もう一度周囲を見渡してロミオは外に出た。

彼の願いどおり、見張りはおらず、ただ暗闇が広がっている。

ロミオは建物から離れ、暗い路地に身を滑り込ませた。

走る。

ただひたすら来た道を辿る。

ロミオは重音が響く都市機関部が連なるエリアに足を踏み入れた。

このエリアの一角、廃棄処理施設にアルカディア・ケミカルに通じるリフトがある。

そこにたどり着ければミッション完了。

今の所少女は抵抗らしい抵抗はなく、今回の任務も無事終わる。

そうロミオが思い始めた時だった。

注意アテンション。何者かが前方より向かってきます。』

「!」

イヤホンから流れた警告アラートにロミオは立ち止まった。

隠れる場所を探していると、鉄梯子が目に入った。

天井を走る配線や設備のメンテナンスをする足場に通じていることを確認してロミオは登る。

金属メッシュの足場は通路の先まで続き、廃棄処理施設ゴール付近まで続いていそうであった。

念のため、とロミオは腕時計型端末でこのメンテナンススペースの降下場所を検索する。

膨大な設計図の検索には時間が掛かり、ロミオの端末には検索中ロード中の文字が点滅を繰り返す。

早くしろよ、とロミオは内心毒づく。

ようやくフロアのメンテナンス用図面が眼鏡型端末ウェアラブルグラスに映し出された時、ロミオは足下の廊下に動くものの気配を感じた。

できるだけ動かぬように見下ろすと、ロミオと同じように全身黒ずくめの人間が二人、ロミオがいた通路を行ったり来たりを繰り返していた。

「(なんだ?アイツら。)」

眼鏡型端末ウェアラブルグラスの拡大機能で二人の姿を撮し、アルカディア・ケミカルで待っているであろうジョウへと送った。

待つこと三十秒、ジョウからのメッセージにロミオは眉をひそめた。

「(競合企業だと…。)」

どうやらアルカディア・ケミカルと同じ様に、下層で実験と孤児狩りを行っている企業とバッティングしてしまったようだ。

これまでも何度かニアミスをしたことはあるが、姿が見えるまで接近したのは今回が初めてだ。

よりにもよって、とロミオは思う。

今確保している少女は今までの子供たちとは比べ物にならない程貴重な実験体なのだ。

報酬の金塊の量を考えると、何としても無事に帰らなければならない。

しかし眼下の二人は通路から離れる気配がなく、膠着状態である。

廃棄ダクト秘密のリフトを使わないとしても、夜が明け少女が居ないことに気付かれれば騒ぎになる。

そうすると、教団の信者がいるであろう下層からの脱出が難しくなる。

「(クソが!)」

ロミオは先程検索したメンテナンス用の通路を確認する。

そして、下層エリア第三階・シンマチ地区へと通じる通用口を突き止めゆっくりと足を踏み出した。

轟音にまぎれているおかげで、眼下の二人はロミオに気づかない。

二人組から離れるにつれて、歩幅を増やしていく。

梯子を更に上り、フロアが変わると音が出るのも気にせず走り始めた。

時刻は既に三時半を回っている。

繁華街の下層エリア第三階のシンマチ地区では束の間の静寂が訪れる時間帯だが、市場が広がる下層エリア第四階では市場業者の往来が出始める頃だ。

シンマチ地区から下層エリア第四階への移動は大階段プラザを登るだけだが、下層エリアから中層エリアへは倉庫街の昇降リフトを使うほかない。

闇に紛れる黒ずくめの格好は逆に目立つ。

この時間帯に下層から中層に行く人間はシンマチ地区からの朝帰りか、朝に下層の市場で仕入れを行う中層エリアの飲食店関係者くらいだ。

シンマチ地区に通じる通用口が見え始めたところで、ロミオは携帯端末でとある場所へと電話コールをした。

『お疲れ様です。ヒロネです。』

僅か一コールで応じたのは彼のメイドのヒロネだ。

真夜中だというのに、彼女は起きていたようだ。

「おー出た出た。ちょっと至急持ってきてほしいもんがあるんだが。」

『はい、なんなりとです!』

「男のもののエプロン、帽子、LLサイズの麻袋、んでその麻袋が入るくらいの大きいダンボール。あとは台車。今から一時間後に大階段プラザに来てくれ。んじゃ。」

ヒロネの返事を待たずロミオは通話を切った。

「(これでひとまず下層からは出られるはずだ…)」

眼の前に現れた鉄の扉を僅かに押し開け、付近に人影がないことを確認すると素早く外へと出た。

下層を貫く機関塔から出れば、そこは下層第三階の路地裏だ。

繁華街から外れたそこから大階段プラザまでは徒歩で三十分程。

荷物少女を担ぎ、人目に付かぬよう移動するなら倍はかかるだろう。

ロミオは端末で経路を検索しながらヒロネが来るであろう大階段プラザを目指した。

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