第12話 強奪!奇跡を奪取せよ!

下層エリア第二階、廃棄処理施設。

上層エリアおよび中層エリア工場地帯の廃棄物を引き受けるこの施設は全自動で運行しており、無人である。

リサイクル資源の回収、不要物の燃焼、排熱による発電。

地味ではあるが、欠かすことの出来ない重要なインフラ設備である。

インフラ設備とはいえ、建造されてから歴史の浅い積層都市ドーシュは民間組織により管理されている施設も多い。

この廃棄物処理施設も、アルカディア・ケミカルが管理している。


上層エリア直通のダストシュートから降りてきたのはゴミではなく、人。

全身黒ずくめで、顔は目だけが見えている。

重音が響く施設を抜け、腐った臭いが充満する路地を走り、下層第二階のなかで、住居地区となっている場所を目指す。

教団施設はその中央。

詳しく調べたところ、元は都市インフラを管理する社員の寮だったが、設備の全自動化に伴い無人になった建物だと判明した。

そして三ヶ月前にムラサキがその施設を管理者から買い取り、改装し、教団の拠点として使い始めたのだ。

手に入れた設計図のデータと、部屋ごとの電力使用データ。

それに監視カメラの映像からムラサキとブルーを含め七人の人間が住み込んでいることが分かった。

建物は中廊下型の一階につき十戸の部屋が三階重なる中規模集合住宅。

ターゲットは三階、中央の二部屋のうちのどちらかに居る。


教団に到着したロミオは非常階段に人影がないことを確認し、物音を経てずに屋上まで登る。

屋上への扉は鉄格子のドアで閉まっていたが、乗り越えるのは朝飯前。

難なく屋上に辿り着き、屋上の中央部へと向かう。

中央部にはロミオの腰ほどまで段が設けれられており、段の上面はガラス張りだ。

祭壇が置かれた、エントランスの天井部分だ。

ガラス窓は一部が開くようになっており、ロミオはここから侵入する。

セキュリティ装置が無いことを確認し、ロミオは窓を解錠する。

窓を開け、暗い室内に視線を向ける。

暗闇は一瞬。

瞬きの間に、暗視スコープが作動し、さながら昼間のように室内の様子をロミオに伝える。

人影は、ない。

窓の直下には三階の廊下から二階へと降りる階段の踊り場が設けられている。

飛び降りても問題のない高さであることを確認し、侵入した。

猫のように無音で踊り場に降り立つ。

踊り場から三階に上がれば、ターゲットがいるであろう部屋の前だ。

二部屋のうちのどちらにターゲットがいるか今はわからない。

だが、確かめる方法をロミオは所持している。

ロミオのヘッドギアには情報を映し出す眼鏡型情報端末ウェアラブルグラスが組み込まれており、温熱投影装置サーモグラフ拡張現実AR機能、モニタ機能を備えている。

最初の一室。

ロミオは手首から太い針金のようなものを引き出す。

先端に極小レンズがついたファイバーカメラだ。

それをドアと床の隙間に差し込んだ。

時間にして三秒でロミオはファイバーカメラを引っ込めた。

部屋の中には、ロミオが前に見た門番と思われる大柄な男がベッドで眠っているだけであった。

それ以外に人の姿はない。

つまり、隣の部屋に本命奇跡の少女がいる。

周りを確認し、隣の部屋の前に移動しロミオはファイバーカメラをドアの下に差し込んだ。

そして目の前に投影された光景に眉を潜めた。

部屋の中には、鉄製の檻。

中には横たわる少女。

よく見えないが、それが奇跡の少女であることは明白。

生ける奇跡の少女を御神体と尊ぶのは、ただの芝居。

幸福の籠は『奇跡』によって幹部が私腹を肥やす為の集団であった。

ロミオはドアを難なく解錠し、室内に身を滑り込ませた。

内側から鍵をかけ、改めて檻を見る。

鉄製の大型獣用の檻。

その格子の一つに鎖が掛かり、先端は少女の足に繋がっている。

ここは、命の価値が低い街。

身寄りのない孤児が一人消えて、監禁されていても誰も気に留めない。

強者が弱者を貪ることが当たり前の街。

上層部アルカディアケミカル特有の考えかと思っていたが、どうやら下層でも同じなのだとロミオは思う。

弱ければ、他者から搾取される都市。

それが、この街ドーシュであった。

ロミオは少女の顔を確認する。

確かに、奇跡の少女ウイルスの宿主だ。

ロミオはすぐさま、誘拐後の逃走ルートをシュミレートする。

部屋の窓は残念ながら鉄格子が外に設置された上に、嵌め殺しになっている。

元来たルートを辿るの方法もあるが、少女を抱えて天井のガラス窓を通り抜けるのは至難の業だ。

その間に見つかる可能性もある。

一番体力を温存できるのは、祭壇が置かれているエントラスを通り一階から出ることだ。

問題は今も正面玄関を守っている門番。

昼間とは違い、一人で見張りを行っている。

隣の部屋で寝ている男と数時間ごとに交代しているようだ。

であるならば…とロミオは一つの策を講じた。

ロミオは急いで廊下に出ると、今一度隣の部屋にファイバースコープを差し込んだ。

変わらず、大柄の男が眠っている。

その様子を確認すると、ロミオはファイバースコープがつながっているリストバンドのボタンを押した。

すると、ファイバースコープの先端から小さなカプセルが飛び出した。

コロコロと部屋の中に転がると、両端から気体が勢いよく噴出する。

その様子を見て、ロミオは鉄檻の部屋へと戻った。


ギィ、と音を立てて門番の部屋ドアが開く。

「交代の時間はとっくに過ぎている。まだ、眠っているのか?」

門番の男は、交代の時間になっても降りてこない相棒に痺れを切らせ、迎えに来たのだ。

「おい、時間だ、おい…?」

声をかけても揺すっても起きる気配のない相手に、門番は異常事態だと感じ始めた。

「誰か」

と、助けを呼ぼうと振り返った先には、黒ずくめの男。

「!」

次の言葉を発する前に門番は崩れ落ちた。

「おっと、寝るなら静かにな。」

床に激突する直前でロミオは門番を支え、音を立てぬように床に置いた。

「(門番が二人でよかった。これで表から出られる。)」

ロミオは眠っている男の部屋に睡眠薬の煙を充満させ、起きないようにしたのだ。

男はすっかり熟睡し、目覚ましのアラームにも目を醒ますことはなかった。

そして様子を見に来た門番に電撃銃スタンガンを食らわせ、気絶させたのだ。

ロミオは二人の腕を結束バンドで拘束し、部屋から出た。

長居は無用。

ロミオは少女が眠る鉄檻の部屋へと戻った。

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