第11話 奇跡の正体!?お仕事へレディー・ゴー!!

下層環境調査チーム実験室。

アルカディア・ケミカルの人間でも限られたものだけが入ることが出来る、最高機密の研究室。

部屋の主はジョウ・キリシマ。

主に彼一人の仕事場として使われているこの部屋は、二つに区切られていて実験器具が並ぶ実験スペースと、薬品の設計を分子レベルで行う高性能分析機器やコンピュータが設置された分析スペースに分かれている。

彼とロミオ、そしてロミオの上司であるカラサキの三人が集まり、分析スペースのモニタを注視している。

モニタには、遺伝子の構造らしき、分子の並びがディスプレイされている。

「結論からいうと、奇跡の正体はウイルスだ。」

「ウイルス?」

「そうウイルス。そのウイルスが一時的に新陳代謝を活性化させて創傷や筋肉の損傷に対する生体組織の回復を促したと考えられる。でも今まで見たことがない遺伝子配列で、詳しいことは分からない。現在データーベースで照会中だけど、完全な新種である可能性が極めて高い。」

「感染することで傷の治りを早くさせるのか…。これは至急所長に知らせる必要がある。」

「そうですね、カラサキさんの言うとおりです。」

ジョウはキーボードを打つ手を早める。

簡易な報告書を作成し、それをカラサキに持たせてからホノサキの元に向かわせようと考えたのだ。

「感染源は、その少女か?」

「俺の手に触れたのは教団の一般市民、教祖のムラサキ、そして奇跡の少女ブルーとか言われていた女の子だけです。体が明らかに変調したのは、そのブルーが触れた時だけでしたよ。」

ロミオはブルーが触れた場所を撫でさする。

怪我をした人間のみ、奇跡に触れることが出来る。

それを知ったロミオが取った手段は、一定時間体の一部を麻痺させること…つまり麻痺弾パラライザーを、自分の腕に打ち込むことであった。

時間とともに回復するが、効果が出ている間は筋肉が動かず、傍から見れば麻痺しているように見える。

本来はロミオの仕事孤児狩りで使うため、自宅に備蓄されていたものを流用し、教団に潜入したのだった。

「カラサキさん、報告書出来ました。カラサキさんの端末に送りましたから、それを所長に見せてください。」

「すまないキリシマ主任。では早速だが所長の元に向かうとしよう。ロミオ、今日はご苦労だったな。明日は休暇をとり、明後日は午後からの出勤で構わないぞ。」

「へいへい。でもどうせ、そのまま夜勤人狩りになるんでしょ。」

カラサキは特に否定せず実験室から出て行く。

その後ろ姿がドアによって遮られたことを確認すると、ロミオはジョウに視線を移す。

報告書を書き終えた後にも関わらず、ジョウはモニターの前から動こうとしない。

普段の飄々とした印象とはかけ離れた真剣な表情。

ジョウもれっきとした研究者、未知のものへの好奇心は人一倍強い。

「ジョウ、ウイルスって言ったが、俺の体は大丈夫なのか?」

「おそらく。と云うより、もうお前の体内には存在していない。」

「どういうことだ?」

「詳しく調べてみないと確定しないけど、どうやらこのウィルスは『宿主』以外の体内では長く生存出来ないらしい。今解析しているのも、お前の体にかろうじて残っていたものだ。」

「宿主か、つまり、奇跡の少女様を連れてこないと調べられないなだな。」

「そういう事になる。」

「また人狩りか。」

「そうなるな。でもまずはブルーの身元だな。恐らくそのムラサキという女性が保護者なんだろうけど、ちゃんとした身分を持っていたら、ちょっと厄介かな。」

「俺の印象だと、ムラサキって女は中層エリア以下の人間だな。見た目は派手だが、まともに働いている様にも見えない。」

「お前がそう言うなら、そうなんだろうな。…教団はどんな組織だった?」

「組織としては非常に弱い。ただ奇跡に縋り付いているだけだ。今ならまだ問題なく消えるだろう。」

教団はロミオが想像していたよりも小規模で、大々的に布教活動をしている様には見えなかった。

奇跡を受けた後、ロミオはしばらくエントランスの隅で休んでいたのだが、小一時間の間に五人もの人間が教団を訪れ、奇跡を受けていた。

正確には、信者に連れられて来た人々、である。

まともな治療も受けられそうにない下層エリアの人間から、肥え太った上層エリアの住民と思しき老人まで、訪れる人間は様々である。

骨折の治療で来た老人は、金属のケースをムラサキに渡した。

中身は言わずもがな、謝礼現金だろう。

ムラサキは恭しくそれを受け取り、部下に別室に運ぶように指示をした。

そうしたお布施は少なくないらしく、『幸福の籠』の建物は下層エリア第二階とは思えないほど豪華な設備を有することになったようだ。

その証拠に教団本部の建物は手入れが行き届き、椅子や照明などのインテリアやロミオに出された飲み物、食料は質の良いものであった。

とりわけ、ムラサキをはじめとした教団幹部の服装は清潔で上質な綿織物と輝く装飾品を身につけていた。

信者達は『奇跡ブルー』に対して頭を垂れる。

そしてその奇跡を受け続けるために、彼女の教団にお布施を行う。

いずれ教団の規模は拡大し、下層エリアから抜け出してくるだろう。

しかし教義があるわけでもなく、ただブルーの奇跡だけが、幸福の籠の基盤。

ブルーという奇跡がなくなれば、教団は崩壊するだろう。

ロミオはそう結論付けた。

「だったら、お前の仕事もやりやすいかもな。…だが、少女の回復能力が気になるところだな。新陳代謝が高いのなら、いつもの麻痺弾パラライザーが効かない可能性がある。急いで強いものを用意するが…」

「いっそ麻酔銃の方がいいかもな。」

「おいおい猛獣じゃないんだ。まだ年端もいかない少女にそんな強烈なものを使うつもりか。」

「連れて来る時暴れられる方が厄介だ。…ま、あのガキにそんな体力があればだがな。」

「?どういうことだ?」

「かなり痩せていた。それに足首に鎖の痕みたいなのがあった。極めつけに虚ろな表情。監禁か虐待か、その両方か。なんにしても、奇跡にしちゃあずいぶんと非道い扱い受けてるに違いなさそうだ。」


二日後、予想通り予定通り、ロミオの元に仕事の依頼が入った。

血液の回収ではない。

環境調査ではない。

流れ者であるロミオの本来の仕事。

アルカディア・ケミカルから人気が消えた真夜中。

ジョウが研究室を構える高層階の実験フロア、その一室。

物置として使われているその部屋の奥には、ある設備が備わっている。

下層エリア第二階廃棄処理施設直通のダストシュート。

本来一方通行であるはずのこの設備は、限られた者のみ昇降リフトととして使用することが出来る。

ロミオはこの部屋で仕事着ボディスーツに袖を通す。

耐久性に優れ、繊維は鋭い刃物も通さない防刃性を備えている。

更には筋肉の電気信号を受けて伸縮、膨張を行う人工筋肉が備えられており、跳躍や、重量物を持ち上げる際にパワーアシストを行う。

荷物子供を担いで帰るロミオには、必須の装備である。

手には硬化分子プロテクター。

中には高馬力のウィンチが内蔵されている。

平均的な大人であれば三人は楽に吊り上げる事ができる。

靴も軽量ではあるが耐久性耐荷重性を持つブーツ。

その他高性能気密マスクに小型情報端末ウェアラブルコンピュータ付ゴーグルと下手な軍事組織よりも豪華な装備を慣れた手つきで装着していく。

「今回の仕事はいつもよりも慎重にな。なにせ、侵入して連れてくるのだから。しかし、その奇跡の少女が孤児だったのは幸いだ。こちらに連れてきても何の問題もないからね。」

ジョウの言うとおり、奇跡の少女とムラサキは何の縁もないただの他人であった。

ムラサキ自身は、下層エリア中央市場の一角、薬品販売店の所有者としての住民情報があるのみ。

その店も九ヶ月前に病死した夫が開いたもので、死後そのままムラサキが運営していたようだが半年前に店は突如閉められた。

そして奇跡の少女の存在が下層エリアに囁かれ始めたのは数ヶ月前。

ムラサキと奇跡の少女はその間に出会ったと考えられる。

奇跡の少女を利用し、財を成していったことは想像するに難くない。

「いつも通り、回収してここに連れてきたらいいんだな?」

「そうそう。何かあれば、連絡を。」

ロミオは装備を確認しダストシュート横のパネルにシークレットコードを入力した。

モーター音と、金属同士が噛み合う大きな音が部屋に重く響く。

ダストシュートの扉が開く。

そこには簡易だが頑丈なケージが搭乗者を待っていた。

ロミオは首元に巻いたマスクを引き上げ、ヘッドギアの留め金を留めた。

「時刻ゼロ。作戦を開始する。」

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