第9話 潜入!『幸福の籠』(1)

「旦那はん!おかえりなさいませ!…って、キリシマはんもご一緒?」

「今晩はヒロネちゃん、相変わらず可愛いね。ロミオが『今日は家で食べる』って言っていたらからついてきちゃった☆これお土産。上層エリアで今人気の焼き菓子なんだ。」

突然の来客に驚いたヒロネだったが、人気のお菓子、という単語を聞いて表情が輝いた。

ヒロネ自身が甘いものに弱いことに加えて、最近は節約生活を強いられていた為、買わなくてもいいものは極力避けていたからである。

「おおきにキリシマはん!でも今日はカレーしか作ってないんですけど、大丈夫です?」

「全然問題ないよ。僕、ヒロネちゃんのカレー好きだし。」

「そう言ってくれると嬉しいわぁ。さあ、上がって下さい。」

「おじゃましま~す。」

「…」

「なんだよロミオ、その顔は。」

「いや、あいかわらずヒロネにはそんな態度なんだな。いや、女には、か。」

呆れたようなロミオの言葉にジョウはため息をつく。

「逆にお前は誰にも彼にも無愛想すぎるんだよ。今日だって新人の彼女、『コンゴウ先輩に迷惑掛けてた』ってちょっと落ち込んでいたぞ。」

ダイニングに移動したロミオとジョウは、カレーの香りに一旦口を止める。

カウンターテーブルの上にはすでに人数分のランチョンマットとサラダ。

カレーはこれから盛り付けるようだ。

ヒロネのピンクの髪の毛が、カウンターテーブル越しに見えた。

「旦那はん、冷蔵庫からのみモン出して下さい。お水とビールがありますけど。」

「水だ。ジョウもな。」

宣言通りロミオは冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出し、食器棚からコップを三つ取り出す。

器用に片手で三つ全てを持ち、カウンターに置いた。

「こうしているとキョウトを思い出すね。僕がカウンターに座って、ロミオが飲み物を出して、ヒロネちゃんがお料理を出してくれて…うん。懐かしい。」

「なにジジ臭い事言っている。まだあれから四年くらいしか経ってないだろ。」

ロミオはぶっきらぼうに答えるが、ちゃんとジョウのコップにミネラルウォーターを注ぐ。

その様も慣れている。

「それはそうだけど、この三年ちょっとか、色々あったし。」

「お前はずっと室内に引きこもり、俺は暗い場所を走り回る。何も変わっちゃいない。ただ場所と、雇い主が違うだけだぞ。」

「そうは言っても、あの頃の僕は大学生。お前は飲食店店員兼運び屋。今は二人とも同じ会社の結構いい役職、給料も良い。それにそれに見合う責任もある。全然違う。」

「…思い出話をしに、ここにきたのか?」

「いやいや。本題は、そうだな食後のお茶の時にでも話すよ。」

二人の会話が落ち着いたのを見計らってヒロネはカレーの器を二人の前に置いた。

「お二人とも、どうぞ食べて下さい。すじ肉カレーです。」

「うわあ、美味しそう!いただきまーす。」

「…いただきます」



「調査依頼?」

「そう調査依頼。お前が下層の医者から聞いた宗教団体幸福の籠だ。」

食後の緑茶を啜りながらジョウはカバンから茶封筒を取り出した。

ロミオは受け取ると中身を取り出す。

メモリーカードが一枚。

その中に今回の任務の内容と、そのために必要な情報が詰まっている。

「動きが早いな。今日報告したばかりなのに。」

「いや、前々から目をつけていたらしい。お前の録音データが決定的になっただけのこと。」

「…できたてホヤホヤの新興宗教か。正直、関わり合いになりたくない部類の奴らだな。」

「そうは言っても、『どんな傷でも治す奇跡の少女』がいるとなれば、ウチの上層部が知りたがるのも無理は無い。」

「どうせ、調査だけじゃないんだろ。」

ロミオの言葉にジョウは何も言わなかった。

ロミオ個人に依頼される内容の殆どは、人狩り。

大方その奇跡の少女をいつもと同じように攫ってくる。

それが目的なのだろう。

ただ今回は身寄りのない孤児ではない。宗教組織の中心。

これまでに無い、大掛かりな仕事だ。

「最終的にどうするかは何も言えないけど、今回は内部視察だ。詳しくはデータを見ておいてくれよ。」

ロミオは会社から支給された携帯端末にチップを差し込んだ。

ディスプレイに書類データが映し出される。

宗教団体幸福の籠についての情報の羅列と、その潜入手段。

ロミオは『患者』として下層にある教団本部を訪れる。

奇跡が施されるのは創傷や骨折などの怪我に限るらしい。

「そういえば、ロージィ・ナイトのホストも、青痣を消して貰ったって言っていたな。怪我、か…」

「そうそう。だからロミオ、どっかで怪我してこいって。」

「寝言は寝て言え。痛い思いはしたくねえよ。」

「でも怪我してこないと、教団に潜入出来ないぞ。ちなみにこの任務、報酬はいつもの三倍。少女の体質によっては十倍だって」

三倍もしくは十倍、という言葉にロミオの片眉が動く。

「…怪我なら何でも良いんだな。」

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