第7話 超大型新人!?エリナ登場!

「はぁ?新人?」

「そう新人。大学卒業したての、ギャルらしい。」

薬品を調合しながらジョウはある銀行の名前を口にする。

全国展開している中堅規模銀行ミドルバンク

アルカディア・ケミカルの融資先の一つでもある。

「ドーシュ支店長の娘だかなんからしい。父親は銀行一族の出身。自身は上層第一女子大学を附属幼少部から大学部までエスカレーターで就学。大学での学科は看護学部。成績は悪くない。」

「看護?そんなんが衛生管理調査部にか?薬学学部や医学部ならわからんでもないが。」

ロミオは珈琲をすすり菓子を齧った。

「このクッキー、不味くないか?それに顎が疲れる。」

「栄養満点でかつカロリーが少ないサプリメントスナックだ。噛む回数をアップさせることで、顔の筋肉を鍛えれる健康志向の一品だぞ。食品開発部の試作品で、社内でモニター取っているってことで、実験部うちも引き受けたんだ。」

「味がいまいち。栄養価が揃っていても不味かったら誰も買わないだろこれ。で、報酬はいくらだ。」

「社内モニターなんだから報酬はないよ。お礼のお菓子くらいはあるかもれないけど。」

ロミオは最後の一欠を口に放り込んでコーヒーを流し込んだ。

「そういえば、人気稼ぎの栄養錠剤。新しいの、ばら蒔いたんだろ。」

「人気稼ぎとは人聞き悪いな。伝染病の流行を防ぐために調査して、その結果不足栄養素を補填する薬を配布しているだけじゃいか。」

「わざわざ下層エリアだけにばら蒔いているなんて人気稼ぎ以外の何ものでもないだろ。タダで薬配るなんてマネ。で、この激マズクッキーの礼はいつ届くんだ?」

ジョウは大きく溜め息を吐いた。

「心配しなくても、届いたらお裾分けしてやるって。で、新人の話か。もうすぐしたらそっちの主任さんがここに連れてくる予定だ。」

ジョウは壁に掛かった時計を見る。

そして欠伸を一つ。

つられてロミオもあくびを一つ。

「寝不足なのかい?」

「ああ。ちょっと昨晩忙しくてな。野暮用をしていたんだ。」

「野暮用って?」

「副業。下層でちょっとな。ヒロネが生活費入れろって五月蝿くて。」

「…職員が雇っている家政婦には会社から給与が与えられるはずだけど、まさか彼女の財布からお前の食費とか出させてるんじゃないだろうな!?」

「んなこたぁねぇよ。それに第一、最近はずっと外食でお前に奢ってもらってたからヒロネの財布にダメージはないはずだぜ。」

ああそうか、と納得しかけたジョウだが、奢ってもらった、という言葉に眉をしかめた。

「ロミオ、お前なぁ」

「なんだジョウ、文句あるのか?」

ありまくりだ!という言葉をジョウは飲み込んだ。

ロミオとの長い付き合いの中で、彼の性格は嫌というほど分かっている。

自分の財布の紐は、徹底して解かない。

故に、金銭関係の言い争いは無駄であるのだ。

ちなみに他人に食事を集ることはあっても、金そのものを無心することが無いだけマシなのかもしれない、とまで思うようになっていた。

「安心しな。ヒロネから暫く外食禁止令が出たからな。誰かさんのおかげでな。」

「お前の健康を心配してヒロネちゃんに相談したんだ。恨まれる筋合いはない!それに、最近外食ばっかりでヒロネちゃんが悲しんでいるんじゃないかと思ったんだよ。」

「はぁ?あいつが悲しむ?」

「『ご主人様、私の料理たべてくれな~い』とか『一人だと家が広すぎます…』とか思ってるんじゃないのかなって。てかぶっちゃけ、ヒロネちゃんとはどこまでの関係なんだよ。いい加減教えろっての!」

やにやと意地の悪い笑みを浮かべながらロミオをつつく。

対してロミオは不快感を全面に押し出してジョウの手を払い除けた。

「あいつがついて来るって言うから、傍に置いているだけだ。おまえの知ったこっちゃないだろ…って、主任がここに来るって?お前の個人ラボ遊び部屋に?」

「遊び部屋じゃない。歴としたオフィスだ。これでも、臨床実験検証チームの主任だからな。お前の上司とポストは一緒だ。それに逃げるなら今のうちだぜロミオ。天敵なんだろ?衛生管理調査部のカラサキさん。」

「アホか。天敵じゃない。苦手なだけだ。」

ロミオがそう言った刹那、ドアがノックされる。

ジョウは手にしていたフラスコと試験管をホルダーに固定し、応えた。

「どうぞ。」

入ってきたのはロミオの上司であるアキオ・カラサキ。

巖を感じさせる引き締まった表情と目を持つその中年男性は、おおよそデスクワークに務めているとは思えない。

それは顔つきに加えて、きっちりと着こなしたスーツの上からでも窺える、鍛えられた身体が語っている。

衛生管理調査部は、都市衛生の調査・維持と、都市衛生を害する異物の排除に責務を持つ。

ロミオの仕事は前者の都市衛生の調査であり『下層環境調査チーム』とも呼ばれている。

一方のカラサキは後者の異物の排除を請け負っている。

異物とは危険生物や、何らかの要因で奇行に走る人物のことで、公的治安維持機構警察のような、危険な仕事も少なくない。

そんな、カラサキに続いて入ってきたのは、彼とは真逆の人間だった。

曲線が縁取る身体は、まさに女性。

顔はそれほど丸くないのだが、首から下。

豊かな胸部と締まった腰、張りのある臀部にスカートから伸びる羚羊のような脚。

ジョウはもとより、女性にさほど執着のないロミオですら釘付けにされる肢体だった。

首から上もそれなりに美人なのだが二人がそれに気づくのは一瞬後であった。

「衛生管理部主任のカラサキです。キリシマ主任、御忙しいところ時間を作っていただいてありがとうございます…コンゴウ?お前なんでここに?」

ロミオは心の中でため息を吐く。

「体調が優れなかったので、キリシマ主任になにか調剤してもらおうと思いまして。」

「体調不良?お前がか?」

カラサキは鋭い目をさらに鋭くしてロミオを訝しげに見つめる。

「昨日下層の調査に行ったので、その時に何か罹患したと心配になりまして。ああでも、検査結果は陰性オールクリアなので、きっと働きすぎの過労です。」

「ここしばらくのお前の働きぶりは認めよう。だが会社規定で午後六時以降の残業は禁じられているし、その事実もないだろう。体調が悪いのは単にお前の…」

「まあまあ、カラサキ主任。今日は新しいメンバーを紹介しに来てくださったんですよね?ご紹介頂けますか?」

カラサキは、そうでした、と一つ咳払いをして自身の横に立ってた女に目配せをしてから紹介を始めた。

「本日付けでウチに赴任したエリナ・ハヤマ高等学士だ。」

「はじめまして、エリナ・ハヤマです!本日付で衛生調査管理部の下層環境調査チームに配属になりました。至らぬところもあるとは思いますが、何卒よろしくお願い致します。」

きびきびとしたカラサキとは声すら対象的な、丸い声。

表情は真剣だが、おっとりとした性格であるのは外見と口調から伺い知れた。

ジョウとロミオに、よろしくお願いします、と頭を下げる。

そしてシャツの隙間から見える、谷間。

ロミオは見るだけだが、ジョウは思わず固唾を飲み込む。

それに気付いたのはロミオとカラサキだけで、見られた本人は気付いていない。

いや、そこを注視されていることすら気付いていないだろう。

別段、胸の谷間を強調した服装ではない。

カラサキと同様のスーツで、釦も全部ではないが第二ボタンまできっちりと留めている。

それでも見える、谷間。

「?どうされましたか?」

固まったまま動かないジョウに、何か粗相をしてしまったか、とエリナは狼狽える。

「あ、いや違います。すみません。新人さんは久しぶりだと思いまして感慨に耽っていたのです。」

嘘つけ、という言葉をロミオは腹に留めた。

「私はジョウ・キリシマ。臨床実験・検査部の主任です。しかし驚きました。新人さんが、こんなに若くてお綺麗な女性だとは。それに第一上層女子大の看護学部を優秀な成績で卒業されたとか。病院から引く手数多でしょうに、なぜ調査部へ?」

エリナは、よくぞ聞いてくれました、と意気込んで話始めた。

「私、人のためになる仕事をしたいんです!それで看護の道に進んだのですが、勉強して先輩たちの話を聞いているうちに、何かが違うって思ったんです。看護師になれば確かに人に尽くすことができます。でも、それは病院に来る事ができる、一部の人だけです。ドーシュの八割以上の人、特に下層エリアの方々は病院にも行けない方が多いと知りました。私はもっと多くの人のために尽くしたいと思ったんです。アルカディア・ケミカルの衛生調査管理部は都市管理部役所よりもきめ細やかに都市の環境調査を行い、下層エリアへの慈善事業も沢山されています。それでアルカディア・ケミカルに就職したんです!」

「恵まれない人のために、か。随分と崇高な動機なんだな。」

ぶっきらぼうにロミオは言い放つがエリナは別段気にもとめず、それよりもロミオ自身に興味を持ったようだ。

「あなたは?」

エリナに応えたのはカラサキだった。

「ロミオ・コンゴウ。うちの特別嘱託職員だ。君の先輩になるかな。」

先輩、という単語にエリナの表情が一段階明るくなる。

「エリナ・ハヤマです!よろしくお願いします、コンゴウ先輩!」

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