第3話 有能メイド!?ヒロネの憂鬱
キュッキュッ、と何かを磨く音が部屋に響く。
暗く狭い書斎のような部屋で、男は一心不乱に黄金を磨く。
インゴット、金の延べ棒、万民が憧れる富の象徴。
窓もカーテンも締め切られ、スタンドランプの淡い光に映しだされている一人の男。
直毛の黒い髪の毛に、切れ長の目。
普段は光を宿さない黒い瞳も、今は黄金の輝きで光り輝いている。
形の良い唇は笑みを宿して薄く開く。
「この輝き…この艶…この色…やっぱり、金は最高だなぁおい」
溶けそうななほどの恍惚を伴った声色。
表情と相まって、多くの人が聞けば『気色悪い』と思うだろう。
だが部屋には男、ロミオ一人だ。
それを口にするものは勿論いない。
これはロミオの日課、もとい一日で最も楽しい時間である。
所持する『金』との『触れ合い』。
何者にも邪魔されない至福の時なのである。
「にしても、インゴット二本たあ所長も気前良いな。」
ロミオは先程のビルでのやり取りを思い出す。
ビル最上階エリアの重役執務室での実験体の回収の報告と、報酬の受け取り。
相手はロミオの上司であり、所長ことアルカディア・ケミカル・ドーシュ研究所所長兼支社長であるホノサキだ。
『お疲れさまコンゴウ君。これが報酬よ。』
こうした『法外』な仕事の支払いはすべて現金で支給される。
銀行などの公共機関に足跡を残さないためである。
ロミオの目の前には札束はぎっしりと詰め込まれたアルミケース。
しかしロミオはそれを見ようともせずホノサキに鋭い視線を投げつける。
『おっと所長、俺は言いましたよね?報酬は紙切れじゃ受け付けないって。』
『…そうだったわね。全く、毎回用意する身にもなってちょうだい。今回は都市外から取り寄せたのよ。』
ホノサキは文句を言いながらも用意していた『報酬』を取り出してデスクに置いた。
インゴットが二本。
桐の箱に入ったそれをロミオはその場で改め所持していた小型の金属鑑定機に通す。
『…純金率九十九.九パーセント以上。いいでしょう、受けとります。』
『目の前で鑑定されるのは、いい気がしないわね。』
『そう言わないで下さいよ。所長はちゃんとしていても、業者が偽物を売り付ける可能性だってあるんですから。』
ロミオはインゴットを掴むと用意していた革袋に詰め込んだ。
『外箱は要らないんで捨てておいてください。じゃ、また仕事で。』
ホノサキが文句を言う前にロミオは執務室を後にした。
そしてその足で彼の自宅に戻り、書斎に引っ込んで改めて金を堪能しはじめたのだ。
「……インゴット百七本か、結構稼いだな。」
ロミオは今までホノサキから受け取った報酬を改めて数える。
言葉通りインゴット百七本とそれに加えて二百枚あまりの金貨。
最初の依頼の時にインゴットの用意が出来ずやむ終えず金貨を報酬に受け取ったのだ。
現金の報酬は、彼はこれまで一度も受け取っていない。
銀行の意向一つで価値の変わる紙切れに彼は興味がなかった。
黄金があればいい…。
彼はそう思っている。信じている。
うっとりと悦に浸るが、突如訪れたノック音に現実に引き戻された。
『だんなはんーだーんーなーはーんー!』
同時に若い女の声が彼を呼ぶ。
『だーんーなーはーんーって!生きてはります?』
ドアを破り兼ねない激しいノックにロミオは溜息を吐きながら椅子から立ち上がる。
インゴットをすべて金庫に仕舞い込み、鍵を掛けてからドアを開ける。
ドアの外には声の主。
染めたような明るいピンク色のショートボブに眼鏡を掛けたのメイド服の女性。
眼鏡の奥には、猫のような釣り気味の眼。色は緑がかった琥珀色。
シミひとつ無い白い肌とスラリとした体型と相まって人形を彷彿とさせる美しい少女だ。
なぜメイドをしているのか、多くの人間は疑問に思うだろう。
それだけ綺麗な少女だった。
しかし今はその美貌を歪め、不機嫌そのもの。
腰に手を当てて、眉をしかめている。
「……なんだヒロネ。俺の至福の時を邪魔するんじゃない。」
「それはえらいすんまへん。旦那はん。でも大変ですねん。」
「何かあったのか?」
「食べ物が尽きそうですねん。」
「買ってくればいいだろ?」
「せやから買ってくるお金がないねんて。今日稼いできはったんやろ?食費、下さい。」
ヒロネは右手を差し出す。
「あー……」
ロミオはボリボリと頭を掻いた。
その仕草にメイドの少女は、ヒロネはがっくりと肩を落とした。
「もー、毎回毎回金塊ばっかり貰うん止めてくれはります?換金もしづらいし、ってかさせてくれはらへんし。食べもんなくて困るん旦那はんやねんで!」
「そんなに無いのか?」
「無いですよ!もう米も二合しかないし、おかずは鰹節くらいしか…って、なに服脱いではるんです?」
「シンマチ地区に行ってくる。今日はそこで済ませる。ちゃんと現金も持って帰る。」
「…って、一回お風呂入ってから着替えてください!スーツが生臭くなります!」
ドロワーから取り出した白い派手なスーツに袖を通す前にヒロネはロミオを風呂場に放り込んだ。
「それにいきなり『お店』にいったらビックリしはるって。連絡入れとくさかい、旦那はんはゆっくり準備してください。」
『そうしてくれ。』
シャワーの音が響き始めたのを確認してヒロネは備え付けの電話を手に取る。
暗記している電話番号を素早く押し、受話器を耳に当てる。
「ロージィ・ナイトさんですか?わたくしロミオ様のメイドなんですが…」
『あっ、ヒロネちゃん!?おれだよおれ、ピエール!』
電話の先でやたらとテンションの高い若い男が出る。
「ピエールさん、ご無沙汰です。実は今日、ロミオ様がそちらに行くつもりみたいなんですが…」
『え!?マジ!?ちょっと待って、オーナーに代わるから。』
どたばたと電話の向こうで遠ざかる足音と、近づいてくる足音。
『どうも、ロイだ。』
「ロイオーナー、お久しぶりです。ヒロネです。実はロミオ様が今夜そちらに行くつもりみたいなんですが…」
『それは嬉しいね!勿論大歓迎さ。暫くぶりだからな、やつの分のテーブルは空けておくよ。そう伝えておいてくれ。』
「ありがとうございます、オーナー。」
『ついでにヒロネちゃんも来ないかい?君なら隣の店に出ても十分指名がつくだろうし。それに客としてウチに来てくれるのも大歓迎さ。』
「ありがとうございます。でも家事をしないといけませんし、またの機会にしますわ。」
『そうかい、残念だよ。こっちにはどれくらいで?』
「今シャワーに入っているので、一時間半後には着くと思います。」
『わかった。じゃあ待っていると伝えてくれ。』
「はい。それではよろしくお願い致します。」
ヒロネは電話を切ってため息を吐いた。
「オーナー何て言ってた?」
「旦那はんのテーブル空けて待っとく言うてはりましたわ。」
風呂場から出てきたロミオをリビングの椅子に座らせてヒロネは髪の毛を拭く。
用意していたドライヤーも使って手際よく髪の毛を乾かしていく。
「全く、ほんまこの家が借り上げで良かったですわ。電気代水道代全部会社持ちやなかったら、全部止められてましたもん。」
「…」
「金塊好きなんはええですけど、もうちょっと生活のこと考えてくださいよ。」
「飯は会社で食ってるからいいだろ。昼飯は無料だし。夜はジョウと食いに行くし。」
「知ってますけど、いい加減キリシマはんに集るんやめた方がええんちゃいます?旦那はんの数少ないというか唯一のお友だちで今までもよーしてくれてはるんは知ってますけど。ちょっとはキリシマはんの都合も考えなアカンと思いますけど。」
「……お前、今日はなんかしつこいな。」
「やってお昼にジョウはんから『金欠なの?』って電話来たんですよ!旦那はんいったいどんだけキリシマはんに集ったはるんですか!?」
「いつも通りだぜ?んじゃ、着替えていくわ。」
髪の毛が乾いたのを手で確認してロミオはするりと、ヒロネの腕から抜け出した。
そそくさと書斎に行き一張羅の白いスーツを手早く身に付ける。
額にかかる前髪を整髪料で後ろに撫で付け、金色のネックレスを金庫から取り出す。
指輪も派手な金のリングを着けて、革靴を履けばホストの完成だ。
「気を付けてくださいよ。下層はまた治安が悪くなったいいますし。」
玄関でコートを持って待機していたヒロネが心配そうに言うと、ロミオは鼻で笑う。
「俺を襲うヤローは返り討ちにして追い剥いでやんよ。じゃ、金庫番頼むぞ。」
ヒロネに金庫の鍵を渡してロミオは家を出た。
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