第3話 焦り

「もう嫌だ! この2ヶ月間、お前の言う通りにタスクをこなしてきたが、何一つ変わらないじゃないかっ‼」


 テーブルを叩き付け、俺は叫んだ。

 きっかけは些細だった。


 いつものように俺が弱音を吐き、それに対してパメラの冷静な叱咤がとんだ。結果を焦っていた俺は、何故かその言葉にカチンときたのだ。


 そしてこの言葉を皮切りに、パメラへの不満が爆発した。


 俺だって遊びたい!

 以前のように気ままに生活したい!

 やりたいときにやりたいことをしたい!


 いきなり叫んだ俺を、パメラはいつものとおり無表情で見つめていた。どれだけ俺が感情的になっても、こいつは表情を崩さない。眼鏡の向こう側の感情が見えない。


 何を考えているのかが、分からない。それが不気味だった。


「ログ様、結果はすぐには出ません」


 いつもと変わらぬ冷静な言葉が、俺の神経を逆なでする。再びテーブルを叩くと、声を荒げて返答した。


「分かってるさっ! でも毎日お前の言うタスクをこなしているのに、全く結果が出ないのはどういうことだ! 何か間違ってるとしか思えない‼」


「いえ、以前と比べると、身体も剣も魔法も少しずつですが上達しています。何度も申しておりますが、あなたが望むような凄い結果は、すぐには出ないのです」


 パメラはノートを開くと、空白のページに右肩上がりの斜線を引いた。そして斜線をペンで示す。


「ログ様は、結果をこのように出ると思っていらっしゃいます。つまり努力すればするほど、結果が目に見えてどんどん出ると。ですが……、本当はそうではないのです」


 そう言うと少しささくれた指先が持つペンが、右肩上がりの階段を書き始めた。


「実際は、このように階段のような動きで結果が出るのです。始めは何も変化がなくて焦るでしょう。しかしある日、その結果が突然現れるのです」


「じゃあ……、いつ俺の結果は出るんだよ……。どれだけ我慢したらその結果が出るんだよ!」


「それは私にも……、分かりません」


 いつも冷静なパメラが、少しだけ言葉を詰まらせ唇を噛んでいる。しかし頭にきていた俺は、その変化に気づかなかった。

 彼女は目を伏せて深く息を吸うと、いつもと変わらない冷静な言葉を続けた。 


「ログ様、あなたは今一番苦しい時期にいるのです。でも近くで見ている私には、その小さな変化が分かります。どうか、私を信じて頂けませんか?」


 パメラの感情が分からない視線が、俺に真っすぐ向けられた。己のしている事に、全く迷いなく揺らぐことのない、真っすぐな視線だ。


 結果が出ないと焦る俺とは対照的な表情も、いらついた。これだけ俺が不安で焦っているのに、この女はその片鱗も見せないのだ。

 だから怒りに任せて、パメラの言葉を拒絶した。


「信じる? 結果が出るかも分からないのに? もう俺はごめんだ。俺は俺のやり方で、夢を叶える」


 彼女は少し俯くと、黙ってノートを閉じた。そしていつもと変わらぬ綺麗な無表情を向けると、一つ俺に頭を下げた。


「そうおっしゃるなら仕方ありません。少しの間でしたが、あなたの夢をお手伝い出来て良かった。今までありがとうございました」


 あれだけきつい言葉を浴びせられたのに、パメラの態度は最後まで冷静なままだった。一つ別れの挨拶をすると立ち上がり、俺の前から立ち去った。

 

 今まで一緒に過ごした時間は何だったのか、そう思うくらい彼女との別れはあっけなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る