第11話 儀式

 当日、昼前までかかった準備の間に、村の空を黒雲が低く覆い尽くした。

 結界のこしらえ直しの儀式がこうまで物々しくなった例は、穴底の民の歴史をいくら紐解いても見当たらないに違いない。場を取り巻いた者たちは誰も口々にそんな話をしていた。村を護る結界のかなめ、一抱えもある黒水晶の周りには、魔除けの陣が十重二十重とえはたえに描かれ、更にそれを槍や盾で武装した男たちが厳重に取り囲んでいる。

 祭壇に立つのは祭司の長衣ちょういに身を包んだ村長ノルズ。彼の合図に従って、白の浄衣じょうえまとったヴェストリとダノンが大槌おおづちを手に黒水晶の前へと進み出た。

「とんだ貴賓席きひんせきだな」

 ヴェストリは魔法陣の中のディニエルに笑いかけた。浄化の恩恵を授かるべく、彼女はより黒水晶に近い場所から祈りを捧げているのだ。泣きらした顔で微笑み返したディニエルが、再び黒水晶にこうべを垂れ、教わったドワーフの祭文さいもんを唱え出す。

 ヴェストリは肩越しにダノンを振り返った。父親と同じ碧玉へきぎょくの瞳には固い意志の光があった。うなずき合い、それぞれ大槌を構えた。

 祭壇のノルズがディニエルと同じ祭文を朗々と唱え始めた。

 間もなく、黒水晶の中心に熾火おきびのような光が灯った。

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