第10話 決意

「《漆黒の霧》? 『黒』の大魔導師の? そんな大物がなぜこんなひなびた村に使い魔なんぞ」

 訳が分からないといった様子でノルズが長い髭をしごく。

「当のディニエルは?」

「うちに閉じ籠ってる。受けた恩を思うと誰に合わせる顔もない、とさ」

「しかし、仕方あるまい。仲間の魂を呪縛されておるのじゃろう?」

「らしいな。毎晩毎晩、契約の悪魔に、拷問ごうもんを受ける身内の姿を夢で見せつけられるんだと」

「何と……。同じ立場なら、儂も誰かをたばかるくらいのことはしたかもしれん」

「俺だってそうだ」

 もし仮にゴルトンやダノンの魂を人質に取られたとしたら。想像もつかないことだが、言いなりにならないとは口が裂けても言えない。

「アダラの婆さんは何だって?」

「やはり占っても見通せんらしい。《漆黒の霧》が邪魔をしておるのかもな。どうあれわしらにできることは一つ。明日にせまった結界のこしらえ直しを無事に成しげることだけじゃ」

 結界の一新は村の浄化をも兼ねる。

 あるいはディニエルにいた使い魔を滅ぼせるかもしれない。

「それじゃ儀式にディニエルは」

「もちろん連れて来い。何、誰にも何も言わせんよ。祭司さいしを務めるこの儂がな」


 ノルズの屋敷を出て、雲がちな暗い空の下を家へと戻る道すがらだった。

 肩を落としたダノンが木立の陰から憔然しょうぜんと現れた。

「……ごめん、爺ちゃん。俺が、掟を破ったばっかりに」

 今さらしかるつもりなどなかった。ダノンにもダノンなりの考えがあったのだろう。至るべくして至った今だと胸にささやくものもある。ヴェストリはこちらから歩み寄り、肩に手を置いて顔を上げさせた。

「明日の儀式の相槌あいづち。お前、まかされてくれるな」

 きょを突かれた表情に、次第に生気がみなぎっていった。

 ダノンは決意の眼差しで深くうなずいた。

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