第9話 悪魔

 ヴェストリは気配を察して眠りから覚めた。

 底無しの泥沼に首まではまったような息苦しさ。

 只事ただごとではないと直感した。目だけ動かして辺りを窺った。

 闇の中、ディニエルがこちらに背を向けて立っていた。

 なぜそこにあるのか、床に転がった例の水晶が青く輝き、壁に彼女の影を映し出していた。その影が――。

『言ったはずだ。いましめの魂たちを解き放つすべは一つ。契約を果たすことのみだと。なるほど契約の悪魔このわたしを滅ぼすという道もないではないが、そんな水晶ごときではとてもとても。もしまた先のような叛意はんいを示すなら、同胞はらからの魂は今よりもなお深い苦しみを』

「やめて!」

 黒い炎のように揺らめく影から、ディニエルが顔をそむけてうつむいた。

「……この村に、『黒』を脅かす何があるというの? もういいでしょう? 私、役目を果たしたでしょう? 皆の魂を解放して」

『村に入り込んだだけでは不十分だ。何、お前はただ待てばいい。その時が来れば私が動く。《漆黒しっこくの霧》との契約に従ってすべてを焼き尽くそう』

 言葉を切ったそれは、微かに笑った。

『私も知りたいのだよ。この大戦の世を大きく変えうる何が、この村で生まれつつあるというのか。あの《漆黒の霧》ほどの魔導師が、何の誕生を恐れているのか』

 気配はあかりを吹き消すように消えた。

「……何だ、今のは」

 ヴェストリの声にディニエルの肩が震えた。振り返った。

 涙に濡れた彼女は膝から床に崩れ落ち、許しをうて一層激しく泣き出した。

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