第5話 錬石

 尻に馴染なじんだ腰掛け。

 傷だらけの鉄床かなどこ

 己がこぶしも同然のつち

 工房の奥、『叩き場』と呼び習わされるその場所と道具たちは、まるでつい昨日までそうしていたかのようにヴェストリを迎えてくれた。

 遠巻きにした弟子の一人が鼻をすすり上げた。それをひじで小突いた者も涙目だった。やはり目をうるませた一人が隣の仲間に囁いた。

「叩き場に陣取る師匠の姿をまたおがめるなんてな」

 ヴェストリはちらりと目を上げ、まだ蒼白なディニエルを見た。早く何とかしてやらねばならない。

 腕組みのダノンは不満顔で、工房の面々は固唾かたずを飲んで、皆こちらを見守っている。

 しかし、ヴェストリには気負いも不安もなかった。

 一度この場に腰をえたなら、後はただ鉄床の上の石と向き合うのみ。

 修得の難しい錬石の技を極め、組合からの強い推挙を受け、史上六人目となる『大親方ヴァルチュオルゾ』の称号を国王直々にたまわる。

 片田舎の一職人がなぜそれほどまでのえいよくし得たか。

 理由は誰よりも耳が良いこと、それに尽きるだろうとヴェストリは思っている。

 としを重ねた今も天与てんよの力に衰えはなかった。目の前には片手にやや余るほどの水晶の原石。重さを確かめるようにもてあそんだそれを、ことりと鉄床に置く。その響きだけで、素材にどんな力が眠っているか、ヴェストリはおおよその所を掴むことができた。

 あとは仕上げたい貴石の姿に槌で導いてやればいい。ただし、そのための力加減や魔力の配分の機微きびは言葉にすることが難しく、大抵のドワーフは理解と修得に相当な年月を要するのだったが。

 石をで挟み、過不足ない魔力を込めた槌でしかるべき箇所へ、まずは一打ち。

 おう、と弟子たちが感嘆かんたんの声を漏らした。ヴェストリの魔力にこたえた水晶が、早くも、打たれた余韻よいんを響かせるように淡く輝き出したのだ。

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