第4話 工房

「ここがうちの工房。入れよ。気を付けな、一段低くなってるぜ」

 ダノンの案内で足を踏み入れたディニエルが、大きな目をさらに大きく見開いた。

 あちこちに置かれた色とりどりの貴石きせきたち。壁に掛けつらねられて修理を待つ武具や防具の数々。作りかけの、あるいはすでに仕上がった金物かなもの類。広くて活気のある工房の様子に、さしもの彼女も一種の感動を覚えたらしい。

 鉄床かなどこに屈み込んで何か叩いていた者たちもの火の世話をしていた者たちも、職人たちは誰も彼も顔を上げた。ダノンが先に知らせておいたとみえて、エルフの来訪に慌てる者はいなかった。むしろ彼らは、そこにヴェストリがいることに驚いたようだった。

 大親方ヴァルチュオルゾ、大親方、と口々に呟いては身体ごとこちらに向き直る。

 ヴェストリは弟子たちにしかめっ面を返し、早く作業に戻るよう身振りで示した。やれやれ、と内心でひとりごちた。大親方。我が子さえ監督できなかった男にはあまりに重すぎる称号だ。

「知ってるか、ドワーフは貴石に魔力を籠めて魔法石を作り出せる」

 再び槌音つちおとが響き出した工房の中、ディニエルを連れ歩くダノンは得意顔だった。

「『錬石れんせき』って技なんだけどな。魔力を込めた金槌や何かで貴石を叩いて、性質を少しずつ変えていくんだ。どういった石を誰が何でどう叩くか。その違いによっていろんな性質の魔法石ができあがる」

 魔法石は、武防具や装身具を美しく飾るのみならず、魔力を宿した価値ある品へとそれらを変えてくれる。

「ドワーフなくして魔法石はなく、魔法石なくして魔法装備はない。魔力を帯びた武防具が世にあるのはドワーフのお陰。……とされていた。昔はな」

 含みのある言葉にディニエルが小首を傾げた。

 ダノンが肩をすくめた。

「八十年前、大陸の東にあった竜の国で古竜の王が死んで、竜たちが世界中に散っただろう?」

 瞬間、ヴェストリには、ディニエルがその身を強張こわばらせたのが分かった。

「竜が去った土地からは天然の魔法石がれた。竜どものが、長い年月をかけて貴石に変わったもんなんだけどな。採掘は今も続いてる。何しろ出元が竜だ。質も魔力もけた違い。そんなもんが市場しじょうに流れるお陰で、今やドワーフは立場がない」

 青ざめ、やや息も荒くなったディニエルを置き去りにしたまま、ダノンは己の言葉に勢いを得て滔々とうとうと語り続ける。

「要するにもうお呼びじゃないんだな『錬石』は。古い技なんだ。これからはもっともっと外に目を向けて、手広くやらねえと」

 工房内に押し殺したような動揺が走った。

 ヴェストリはこめかみ辺りに青筋あおすじが浮くのを感じた。舵取りを若手に任せて隠居した事への後悔が、今更のように頭をもたげてきた。

「身軽で如才じょさいないホビットの連中よろしく、交易や通商ってものにもっと力を入れるのさ。なあディニエル、あんたエルフの商人に知り合いは」

「親方」

 古株の一人が進み出て、ようやくダノンを止めた。

「そのお嬢さん、どうも具合が悪そうだ。座らせてやっちゃどうだい」

 いえ、とディニエルが首を振った。

「お構いなく。その……、物の焼ける臭いに、少しあてられただけで」

「おいおい大丈夫か? 誰か椅子! あとアダラの婆さんを」

「呼ばんでいい」

 あわて顔の孫を一言で黙らせ、ヴェストリは勝手知ったる工房の奥へと向かった。

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