第3話 孤児

 ノルズの女房と娘たちが全力で世話したというだけのことはあった。

 エルフの少女、ディニエルは前評判より遥かにに見えた。

 肩に落ちかかる長い髪は陽射しの色に輝いて美しく、緑の衣からすらりと伸びる手足も均整が取れてこれまた美しい。光を宿す小さな唇。慎ましい胸。白皙はくせきの肌。そもそもが美貌の種族であることを別にしても、ヴェストリには、ディニエルがそなえる美は格別なものに感じられた。

 ただ、それだけにと言うべきか、その瞳の暗いあおには尋常ならざる冷ややかさが見て取れた。度重なる苦難にすさみきった内面がそこから覗くかのようだった。よく見れば古い傷痕も身体のあちこちにあった。

 まあ何だ、とヴェストリは白髪頭を掻いた。

「あれだ、俺はこう、隠し事なんざできねえたちだから、先に言っちまうんだけどよ」

 慮外りょがいの客と家に二人きり。ヴェストリは、まずは胸のつかえを取ってしまうことにした。切り株の腰掛けに座ったディニエルは、ふるされた家のすみをただじっと見つめている。

「あんたに治癒術をかけたアダラって婆さん、占術も得意でな。さっき尋ねてみたら、こうしてあんたがこの村に来たことについても、あれこれ占ってみたんだと」

「そのことなら聞いています」

 深い泉の底から届くような、温もりに欠ける声だった。

「『霧に包まれたようで吉凶判じ難い』とか」

「何だ。婆さんもう伝えてたのか」

村長むらおさ殿からの又聞きです。らずの掟を破って他種族エルフが村にいる。そのことがいかに異例かについても詳しく教わりました。ただ」

「今さら放り出す訳にもいかねえ、か」

「はい。なので、村でもできるだけ端の方にある家に、ひとまず留まるように、と」

 ヴェストリの家は小高い丘の上にぽつんと立って集落を見下ろしている。村の行く末を担う若い夫婦の家や女子供がいる家になど、得体の知れない余所者よそものを預けたりはできない。そう村長ノルズは考えたのだ。

 その点ヴェストリならば男寡おとこやもめの隠居暮らし。とうに枯れた身でもあり、仮に何かのわざわいがあっても被害は小さくて済む。

「助けていただいた私が言うのも何ですが」

 と、ディニエルは初めてヴェストリと目を合わせた。

 凍り付いたような無表情からはどんな感情も読み取れない。

「正直、あきれています。種族の違う者を、こうもあっさりしょうじ入れるなんて。ドワーフは、貴方がたの神をおそれないのですか?」

「そいつはうちの孫に聞いてくれ」

「エルフの里ならまずありえません。掟を破ることは祖霊それいないがしろにすることと同じ。恥ずべき振る舞いです」

 ディニエルが窓の向こうに遠い目を向けた。

 失われた故郷の景色でも眺めるかのようだ。

 刺のある言動はできる限り大目に見よう。ヴェストリは改めて心に誓った。この痩せたエルフの娘は、同情を寄せるに余りあるものを抱えてここに辿り着いたのだろうから。

 客に暖かい飲み物でも出そうと、ヴェストリが腰を上げた時だった。入り口の戸が大きく開いて赤ら顔の若者が姿を見せた。

「お、いたいた。怪我はもういいのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る