第2話 孤児

「夜警が耳長エルフの娘を拾っただあ?」

 ヴェストリの濁声だみごえに、朝早く訪ねてきたノルズが低くうなった。

 籐椅子に身を預けた友の姿には村長むらおさらしい威厳など欠片もなかった。ヴェストリと同じ豊かな白髭の顔はいつにも増してたるみ、半開きの目は血走っている。

 突飛な話に驚きつつ、それでもみ置きくらいは出そうと水甕を覗き込んだヴェストリを、ノルズが軽く手を上げて制した。

「長老会の連中と夜っぴて詮議を続けたわしが朝から蜂蜜酒を飲んだとて、女神はお怒りにはならんじゃろう」

 所望されるまま蜂蜜酒を一杯出してやると、ノルズはそれを一息に飲み干した。

 濡れた白い口髭の奥から、ごとりと床に落ちそうな重い溜息が漏れた。

「戦災孤児というのかの。森で狼に追われておったのを夜警が助けて、うちに連れてきた。焼け野原にされた里から身一つで逃げて、あちこち流れてここまで来たらしい」

「馬鹿どもが」

 夜警のことだ。ドワーフではない者を、おさの許しを得ずして村に導き入れるとは何事だろう。掟破り。後でダノンをどやしつけねばならない。

「けどよ、エルフの里なんざ近くにはねえだろ」

「かなり遠いな。ひどいものだったぞ、身なりといい目つきといい。旅とも呼べんような旅を長く続けてきた様子で」

「だからって禁を破ってもいいって話にはならねえけどな」

「場合が場合じゃ。孫を責めんでやれ」

 ふん、と鼻で応えたヴェストリは自分のさかずきにも蜂蜜酒を注いだ。

 窓の外、普段と変わりない朝の景色を見やって口を付けた。

 村にエルフがいる。

 脳裏に、かつて王宮で見た国賓こくひんのエルフの装身具、繊細な宝飾品たちのきらめきが蘇った。無骨さや荒々しさとはまるで無縁な、あまりにも流麗で典雅てんがなあの意匠いしょう

 それでな、とノルズが続けた。

「訪ねたのは他でもない、大親方ヴァルチュオルゾ

「その名で呼ぶな」

「預かってほしくてな。そのエルフの娘を」

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