ヴェストリ・テラ・アデルハイドンの貴石

夕辺歩

第1話 暗雲

 かすかな大地の揺れを感じた。

 ヴェストリは目を覚ました。

 陥没集落このむらの周りで何かが起きている。

 夜警の中に、今夜は孫のダノンがいることを思い出した。寝台を降りた。

 窓を開けると、案の定、夜空を覆う雲の腹が石榴石ざくろいしめいた赤に染まって見えた。崖の上で森が燃えている。夜警の仕業だ。近隣の魔物の多くはただの獣と変わらない。魔力など無いも同然なために結界では侵入をはばめない代わり、単純に火を恐れる。

 と、眠りのおかげで忘れていた厄介な仕事のことを思い出して、ヴェストリは舌打ちした。集落にふたをして民を護る結界、間近に迫ったそのこしらえ直しの儀式で、彼はある重要な役割を務めなければならないのだった。

 こんな寂れた村に結界なんぞいらねえよ。

 憎まれ口を叩く己の中の己を、ヴェストリは無言でたしなめた。今は亡き息子ゴルトンが同じことを言ったなら、伝統に唾を吐くなと拳骨げんこつをくれた所だった。

 夜警が引き上げてくる気配を感じたヴェストリは、窓を閉め、また横になった。再び眠りに落ちた後は朝まで夢も見なかった。

 について思いを巡らすことなど、もちろんなかった。

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