*幕間*お留守番は五日が限度です。
あの日の朝、マスターがドア越しに声をかけてくれた時に意地を張らずに飛び出していれば良かった。
そんなことを考えながら鬱々と過ごしてもう五日も経つ。この日差しの中ではろくに身動きも取れないので、気が付けばまだ戻られないマスターの心配ばかりしてしまう。
マスターがいない工房。
マスターがいない店舗。
マスターがいない住居。
なのに私の目の前には、今日もコンラートがフェイの恋人の世話を焼きに店を訪れている。それはもう、この工房の住人かのように寛いだ様子で。私に背中を向ける状態でフェイの恋人の容態を確かめながら、マスターが残していったメモや【シェビラ】について記載されている図鑑の付箋を貼られた頁を熱心に読みふけっている。
彼はマスター以外の人間としてはなかなか上出来な部類ではあるし、出会い方こそ最悪の印象を受けたけれど、今ではその研究熱心な姿に少しは好感を持てた。何よりマスターにとっては、同種族の中で唯一心を許せる友人のようなので悪く思う方が無理なのだけれど……それは同時にマスターが私に頼って下さらなくなるということで。
今回こうして自分の店を空けてまでここに顔を出しているのだって、フェイの恋人の面倒を頼まれただけではなく、私がマスターを追わないように見張りの役目を頼まれているせいもあるのだと思う。
そういった諸々の事情からこの男の評価は私の中で非常に難しい。
「おい、今日は大人しいじゃねぇか?」
金色の頭を見つめたまま、少し考え事をしていたせいで無言になっていた私を気にかける素振りを見せるのも面白くない。ライバルを見直すところはそんなに多くあっても困ってしまう。
「いつも騒がしいような言い方は心外です」
なので、そうわざと突き放すように素っ気なく返事をしたのに、彼は気を悪くするどころか「おぅ、悪ぃな」とあっさり非を認めて謝ってきた。
――悔しい。またしてもあちらのペースになってしまった。
フェイがそんな私に苦笑している気配がしたけれど、そんなことはこの際気にしないことにする。
「……何か冷たいものを持ってきます」
この姿を得てから、謝らないで相手に謝罪の意を示すやり方をマスターから多く学んだ。上手くいったのか分からないけれど、彼は私に背中を向けたまま一度だけ手を振る。私がそれを了承とみなして、冷たい飲み物を用意する為に立ち上がろうとした時だった。
「あーあ、アイツの持っていったポーションと材料じゃ、そろそろ在庫が底を尽きかけてる頃だろうなぁ」
その瞬間ピタリと一切の動きを止めて、言葉の続きを待ったまま立ち尽くしてしまう。
「オレが届けてやれれば良いんだが……店もあるし、ロミーの奴もいるからそうもいかねぇか。さて、どうするかなぁ?」
――く、悔しい。こんな易い手に乗るだなんて、霊草の頂点に君臨するマンドラゴラ界の名折れだわ。
けれど、もうこれ以上は待っていられそうもない。せめて無事でいるかどうかの手紙でもあればまだ堪えられるけれど……それもない今。
「あの、それでしたら私が……私が届けてみせます!」
逸る心を必死に宥めて声音が危険音域に到達しないように気を配る。そんな私の申し出にそれまで手許ばかり見ていたコンラートはこちらを振り返り――。
「おら、これを店番してるロミーの奴に見せてこい。で、それを適当に鞄に詰めて準備が出来たら……この地図持ってとっとと行っちまえ」
吐き捨てるようにそう言った彼がくれた紙と地図を握りしめた私は、すぐにも駆け出して行こうとして――慌てて飲み物を用意しにキッチンへと向かった。
待っていて下さいね、マスター。
すぐにパウラがそちらに参りますから。
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