*12* いま愛に生きます。(前編)

 ここ数日はブーツ兄妹もバージョンアップさせたポーションが好評を博したせいで忙しくしているのか、この五号店に顔を出さない。それにうちは前回のやり直しで今回中間評定は免除となっているが、四号店は勿論今回も中間評定がある。それこそ忙しさで言えば猫の手も借りたいくらいだろう。


 僕もパウラも悔しいので口にはしないが、ここ最近ではコンラートの喧しさに慣れていたので少し物足りない気分だ。けれど四号店の多忙が今回うちにとっても好都合となった。


 というのも、連日の雨とどんよりとした曇り空が減ってくる六月の下旬ともなれば、いよいよやってくる真夏日に備えてやっておかなければならない仕事が増えるせいだ。僕もパウラも歳の近しい友人が出来たせいでここしばらく遊びすぎていた感があるので、この辺りで少し気を引き締めなければ……。


 夏前に済ませてしまわなければならない作業の一つが、窓際に並べてあるパウラの同僚達の風通りの良い場所への引っ越しと、日焼けを起こしやすいものと夏の強い日差しを好むものの選別作業。


 後は……夏に求婚の時期を迎える者達の婚活斡旋業務だ。


「さて、と。それじゃあパウラ、聞き取り調査の協力を頼むよ」


「はい、お任せ下さいマスター。ではここにお集まりの皆さん、各々に相応しい伴侶を迎えられるように頑張って行きましょうね」


 この時期の婚活は熱砂を故郷に持つものが多い。この辺りは気候も穏やかなので、手に入れる手段としては行商人から買い取ることが一般的だ。それに伴って価格はそれなりに高く、数は多くないものの割と重要な株に絞られる訳なのだが……。


「え、それは困りましたね。えぇ、はぁ……お相手のいる場所は分かるのですか? 近くに行けば、なるほど……うぅん、ですが」


 パウラのお陰でそれまではとんとん拍子に進んでいた縁談が、ある一鉢の前で止まってしまった。困った様子で話し込んでいるパウラの後ろ姿。その目の前にはいつも世話になっている【シェビア】のフェイの鉢がある。


「どうしたんだパウラ、それにフェイも。何か問題でもあったのか?」


 二人(?)の背後で日に弱いもの達を避難させる場所の確保をしていた手を休めてそう声をかけて近付けば、パウラは助けを乞うように僕を見上げた。


「マスター……それが、その――」


「うん? どうした、フェイにはシュウをと思っていたんだが。お互いに合わないようなら今回は無理をせずに見送って、次回行商人を見かけた時にでも鉢を持って見合い相手を探しに行こう」


 シュウはフェイと同じ【シェビア】の雄株に当たり、雌株のフェイとは違う紺に近い青くて丸みを帯びた楕円形の葉を持った多肉植物だ。雌株同様、葉の中に薬効成分を持つ水分を溜める性質が――と、今はそんな場合ではなさそうだな。


「パウラのその表情から察するに……それでは駄目なのか?」


 かなり困った様子のパウラをなるべく刺激しないように隣にしゃがんで静かに訊ねれば、彼女は申し訳なさそうな顔で頷いた。


「えぇと……人間であるマスターにはまだ若々しい株に見えるかもしれないのですが――」


 どこか言い出しにくそうなパウラに視線で話の先を促すと、彼女はフェイとシュウの両者の株をみやってから意を決したように口を開いた。


「シュウはフェイよりもだいぶ歳が上なので“小娘には少し酷だろう”と言っていますし、フェイは“故郷にいた頃から想い合った方がいる”と言っているんです……」


 ――今回、彼女がいてくれて助かった。


 そうでなければ僕はお互いに望まない者同士に婚姻を迫る、とんでもない最低男になってしまうところだ。……いや、彼女がくる前にそうなってしまった不運な株もいるのか?


 そんな今となってはどうしようもないことに青ざめていると、そんな僕の内心を察したパウラがやや早口になりながらも、


「今までは奇跡的にそういうことは。隣合わせの鉢が何もしていないのに勝手に結実したのであれば、何の心配もありません。ここにいる私達のように精霊の宿る特殊な種は伴侶を自分で選ぶ者が多いので」


 と、教えてくれた。


 しかし彼女に言わせれば、一部のハーブやキノコ類などは愛を多く欲する自由恋愛者も多いそうだ。だから要するに、まぁ、そういうことなんだろう。


 僕のせいで不幸な株が生まれなかったのは非常に嬉しいが、やや彼等や彼女達を見る目が少し変わってしまいそうだ。取り敢えず今回の引っ越しでは離れ離れにならないように気を配ろう。


 けれど問題は――。


「話の内容は理解した。けれどフェイ、君は君の想い人が今どこにいるか分かるのか?」


 そんな話を聞かされてしまっては無理に繁殖……いや、婚姻関係を迫ることはないものの、僕はフェイが不憫になってしまった。フェイの言い分ではこのままだと一生枯れるまで相手の男(雄株)を想い続けるだろう。


 【シェビア】は貴重種とあってあまり乱獲をしていい品種ではない。採集場所から持ち出す時には審査を受け、書類にその旨を記載して役所に提出するよう義務づけられている。


 だから相手の男が採集の際に運良く同じこの国に入っていれば転売されていたとしても、恐らく僕と同じポーション職人か、はたまた植物の好事家が購入している可能性もあるにはあるが……。役所に提出されている所有者の名前を見せてもらって割り出せないことはないが、それでもこの国内、もっと言うのであればこの街かその近郊で見つかる可能性は低い。


「何とかして相手を探してやりたいのは山々なんだがなぁ……」


 思わずそう漏らした言葉に、パウラが物憂げに沈んでいた表情を輝かせる。今の不用意な発言でその期待に満ちた金色の瞳が再び悲しげに沈む姿は見たくない。


 だから、それが恐ろしいならこんな言葉を続けるべきではないと――。


「……良い結果が出るとは限らないが、それでも構わないなら、フェイ。君の想い人を探しに行こう」


 分かっているから口にしないだなんて出来るものか。そのいつも僕に力を貸してくれる赤い葉をソッと撫で、囁くように気弱に声をかければ、赤く丸い葉はその一葉一葉を宝玉のように常よりさらに鮮やかに色づかせた。


「それと、ありがとうシュウ。貴方のお陰でフェイを悲しませないで済む方法を模索できる」


 紺に近い青味を帯びた楕円形の葉は、その色を一層深くする。一般的に色が濃ければ濃いほど薬効成分が強くなる【シェビア】。


 そんな中でも彼の葉は特別美しい深みを持っている。


「それじゃあ、パウラ。今から街に出ようと思うんだが……一緒に探すのを手伝ってくれるか?」


 隣で僕に熱い視線を送ってくれる彼女に苦笑してそう問えば。


「勿論、どこへでもお供します。お優しくて素敵な私のマスター」


 見つからないことなど考えもしない信じ切った金色の瞳が、その中に僕をしっかりと映して微笑んでいた。



***



 街に出た僕とパウラはその足で特に何の捻りもなく役所を目指した。何号店かは伏せて所属する工房【アイラト】の名前を口にすれば、意外とあっさり役所で現在【シェビア】の所有者登録をしている人物の情報を閲覧させてもらうことが出来たのだが――。


 結果だけを言えば、僕は幸運の女神の服の裾を掴むくらいは出来たのかもしれない。


 ――しかし。しかし、だ。


 所有者の欄に記入されていた名前がいけない。これは下手を打てば大火傷になる案件だ。何だったらもう、全面戦争になる案件だと言っても過言ではないくらいに相手が悪い。一瞬さっきの発言をした舌の根も渇かぬうちから白旗を掲げたくなるほどには。


「あの、大丈夫ですかマスター? お気を確かにお持ち下さいませ」


 役所で書類を閲覧した後から見る見るうちに弱っていく僕を見かねたパウラが心配そうにそう声をかけてくれるのだが……今回ばかりはそんな彼女の優しい言葉であっても少しも役に立ちそうにない。


「ここはコンラートに救援要請を……いや駄目だ、あいつが大人しくしていはずがないか。だとしたら、やっぱり僕だけで話を付けるしか方法が……」


 まだ横で心配そうに様子を窺ってくれているパウラを手で制し、ブツブツと不審者のように役所を出てすぐの広場にあるベンチに腰を掛けて呟き続けていると――。


「あら? そこの貴方は五号店の店主さんじゃないかしら?」


 柔らかくてのほほんとした声音にふと足許に視線を落としていた顔を上げれば、そこには三号店の店長ハンナ・シェルマンの姿があった。


 いつも通り僕のような“一応店主”という人種を憶えていて優しげな笑顔を向けてくれる。ちなみに本店と二号店の見習いには舐められいるのか挨拶をされた記憶はない。同じ工房の職人とはいえ、技術も歳も上なシェルマンさんを前にしてはさすがに立ち上がらない訳にもいかないだろう。


 僕はベンチで落ち込むのを諦めてぎこちない微笑みを浮かべる。


「これは……こんにちは、ミス・シェルマン。今日は良い天気ですね」


 人見知り極まる僕の一言一句まごうことなく社交辞令で出来た会話を向けようが、その笑顔が不機嫌に崩れることはない。ちなみにこの奇跡の五十代は奇跡の未婚者でもある。


「うふふ、こんにちは。だけど同じ工房なのにそんなに改まった呼び方をしないで? それに……ふふ、ロンメルさんも隅に置けないわね。今日はそちらの可愛らしいお嬢さんとデートなのかしら?」


 悪戯っぽくそう微笑みながら近付いてくるシェルマンさんを見たパウラなどは、僕よりも早く立ち上がって微笑みまで交えて会釈をしていた。


 こうしてみると、いつの間にかパウラの方が僕よりも余程上手く人間同士のコミュニケーションを取れるようになっているな……。僕は自分で世話を焼いて育てた娘が親の手元を離れる時の気分を味わいながら彼女を見つめる。


「いえ、デートという訳では。彼女は最近うちの店に従業員として入ってもらったパウラです。パウラ、こちらは三号店の店長でハンナ・シェルマンさんだ」


「まぁ、そうなのですか? 初めましてシェルマン様。女性でありながら三号店を任されるだなんて……こうしてここでお会い出来て光栄ですわ」


 いつの間にそんな挨拶を憶えたのか。教えたのは勿論僕ではない。フェアリー・リングの例もあるから、もしかしたらパウラは元々僕より社交性が高いのかもしれないな。しかしその割には金色の瞳がいつもよりやや冷たい気がする。


 僕がそんなパウラの変化に首を傾げていると、シェルマンさんもパウラに会釈を返しているところだった。


 何でもシェルマンさんはちょうど本店に中間評定に提出するポーションを自分の手で届けに行った帰りだと言う。そこで僕はふとシェルマンさんから大火傷を回避する知恵を借りれないかと考えた。


「あの……いきなり失礼かとは思うのですが、ミス・シェルマン。この後もしも少しお時間があるようでしたら、少し私事にはなるのですがご相談したいことがあるのです」


 目上の相手には腰を低くして頼み込む。それくらいの常識はさすがの僕にも備わっているのだが、気のせいか隣にいるパウラの機嫌が見る見る悪くなっているような?


「勿論、無理にとは申しません。ですが他に頼れる人物を思いつけるほど交友関係が広くないものですから。少しだけ話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」


 あぁ、拙い。出来るだけ押し付けがましくならないようにしなければと気を使い過ぎて、より一層押し付けがましくなってしまった感が否めない。チラリと隣のパウラを見れば、彼女もそれを感じていたのか少し苦笑している。


 僕とパウラの間で“これは駄目だな”という空気が流れた――その時だ。


「あらぁ、若い子の相談を聞くだなんて久し振りねぇ。うふふ、こんなおばさんで良かったら是非聞かせて頂ける?」


 ――どうやら女神はまだ僕達を見捨ててはいなかったようだ。


 僕とパウラはお互いの顔を見て頷き合うと、シェルマンさんの気持ちが変わらない間に近くの喫茶店に場所を移すことにした。

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