*11* ショッピングはショッキング。
あの後周囲からの視線に堪えかねて、せっかくギルドマスターに教えてもらったがよそで服を見ようということになった。そこで今は最初のルートから少し離れた店を案内してくれるというブーツ兄妹にくっ付いて裏路地を歩いているのだが――。
「へぇ、それじゃあコンラートとロミーは直接の血の繋がりはないのか」
何故かパウラとではなくロミーと肩を並べて歩くことになってしまった僕は、初対面の人間と会話を長く続けるという能力が壊滅的にない。
そのせいで最初は天気や最近の事件やお客のこと、売上や兄であるブーツの女性遍歴などを話しているうちに、踏み入ってはいけない“ご家庭事情の箱”を開いてしまったようだ。
「うん、そうだよ。親が連れ子がいる同士で再婚して、アタシが八歳でコンラートが十八歳の時にどっちも別の相手作って蒸発したからさぁ。それからずっと一緒に暮らしてる」
四号店と五号店は立地の上で大きなハンデ……つまり周囲の治安の問題から店舗と住居が一緒になった造りをしている。理由は色々あるが主な理由は居住区を別にした場合、閉店後に店に空巣が入るかもしれないからだ。
ブーツと――いや、コンラートと先を歩くパウラが時折こちらを振り向いて何か言いたそうにしている。その心配そうな視線に僕もこの先の展開に自信はないものの、何とか心配させまいと頷き返す。
それにロミーは同年代の女の子と比べると多少スレてはいるものの、頭の回転が良い。本人の口から十五歳だと教えてもらった時は歳と精神年齢のアンバランスさに驚いたくらいだ。あのどうしようもなく享楽的そうな兄を持つとそうなるのだろうか?
だとしたらあいつは反面教師としてはとても優秀なのだろう。そしてなかなか壮絶な家庭環境だと思うが、当のロミーからはあまり悲壮感のようなものは感じられない。どちらかと言えば義理の兄との今の生活を誇らしく思っているような印象を受ける。
「ロミーはまだ十五歳だったよな? なのにもう現・四号店の店主直々に手解きを受けている訳か。四号店の将来はうちとは違って安泰だな」
素直な感想を口にした僕に反して、今まで勝ち気だが年頃の女の子らしい明るい表情を浮かべていたはずのロミーが瞬間、表情を硬くした。先を歩くパウラがもう何度目になるかという心配そうな視線を僕に投げかけてくる。
パウラにその視線を向けられるまでもなく、今のは何となくだが自分でも会話運びを失敗したのがわかった。
「コラ、後ろで何よそのご家庭事情に首突っ込んでんだ? それにロミー、簡単にそういうことしゃべんなっていつも言ってるだろうが」
怒っているというよりは呆れているといったコンラートの背中に向かって舌を出している様は、年相応の女の子に見えた。
「お、目的地が見えてきたぞ。ほら、ロミー。後ろで無駄なお喋りしてねぇでコイツ連れてとっとと服探してこいや」
先を歩いていたコンラートが初めて振り返り、僕の隣を歩く妹にそう声をかければ「あっそ! じゃあ財布空にしてきてやるよ、馬鹿アニキ!」と可愛げのあるような恐ろしいような一言を放ってパウラの腕を取ると、店に向かって駆け出していった。
腕を引かれて最初は戸惑った様子でこちらを振り返っていたパウラだったが安心させる為に手を振れば、困った風ではあるものの笑顔を見せる。
互いに隣を歩いていた人間がいなくなると、何となく僕とコンラートは並んで後をついていく形になった。身長もさほど変わらないのでまさに“肩を並べる”状況と言える。表の商品を眺めていたパウラとロミーの姿が店内に消えるのとほぼ同時にコンラートが口を開いた。
「なぁ――オマエから見て、うちの妹は余所の同年代のガキと比べて……何か足りないように見えるか?」
いきなりの発言に意図をはかりかねて首を傾げれば「こういうのはあんま難しく考えねぇで、直感で良いんだよ」と言われる。けれどその直感で物事を決めたことのない人間にとってその表現は難易度が高い。それにどちらかと言えば僕は計算しつくして、それでも不安を拭いきれずに再度計算をし直す性格だ。
さて、どう答えたものだろうか……いや、そもそもコンラートは僕に“どう答えて欲しい”のだろう?
その胸の内を少しでも探ろうかと横顔をチラリと盗み見るが、パウラとロミーの消えた店に向けたままこちらの視線に気付く様子もない。自然と釣られる形で店先に視線をやれば、店員に頼んで上にある品物を降ろしてもらっている二人の姿があった。
「お前が何を悩んでいるのかは知らないが……少なくとも僕は、仲の良い家族がいるのは羨ましいことだと思う」
心の中のどこをどう探してみても、ろくに人付き合いをしてこなかった僕の中にはそんなありきたりな言葉しか転がっていなかった。
けれどコンラートはそんな僕の、受け取りようによっては適当な慰めにも取れそうな言葉に「そっか……だよな」と何かを含む物言いをする。
踏み込んで、訊ねるべきか、どうか。
言葉を多く持たない僕はいつもコンラートがそうするように、力を込めてその猫背気味な背中を叩いて気合いを入れてやることしか出来なかった。
僕を叩くことはあってもまさか叩かれるとは思っていなかったらしいコンラートが、大袈裟なまでに前につんのめる。しかし直後に「痛ぇよ、馬鹿」とやり返された。二人でどちらともなく笑い出せば、店先からパウラとロミーが僕達を呼ぶ声がする。
「チッ、あの馬鹿また趣味のおかしな服見つけたんじゃねぇだろうなぁ」
「コンラートにそう言われたと知ったら、ロミーはいったいどんな顔をするだろうな?」
ごく自然に頭の中で兄妹を区別するために呼んでいた名前が口を突いて出てしまう。一瞬三白眼気味な目を丸くするコンラートに自分の失敗を悟った、と――。
「何だよ、言ってくれるじゃねぇかヘルムート。ま、でも確かに育てたのがオレなら仕様がねぇか」
今度はこちらがその言葉に目を丸くする番だったが、コンラートはそんな僕に例の意地の悪い笑みを見せながら「オラ、さっさと行くぞ?」と乱暴に背中を叩いて先に店へと歩いていく。
力加減というものを知らないコンラートのせいで鈍く痛む背中を庇いながら、胸にまだ馴染みきらない感情を抱えて僕もその後を追った。
***
「今日は楽しかったかいパウラ?」
荷物を抱えて薄暗くなり始めた家路を急ぎながら、隣でまだ興奮醒めやらない様子のパウラに声をかける。
「はい、マスター。街とは、私達の住む世界とはまるで違う世界なのですね。春や秋でもないのにあんなに色々な物や色で溢れているだなんて……驚きです」
やはりマンドラゴラとはいえ年頃の女の子の姿をしているパウラも、今日目にした綺麗な布や小物は魅力的だったようだ。前回街に出たのはマーケットの売り子としてだったせいでそんなに街中をゆっくり見せてやれなかった。だから彼女にとっては実質今日が初めての街中探索となる。
ロミーと一緒に服を選んでいる姿などはどこも人間と変わらない。それこそ、ロミーの少し年上の友人と言っても良いくらいあの場に馴染んでいた。いま深緑色の髪を束ねているカムラ織りの深紅のリボンもロミーに選んでもらった一品だ。
パウラの髪は一見するとただの毛髪に見えるがその正体は葉が変形したものであり、一本一本に葉脈の通った形状をしている。汗をかかない彼女はこの髪に変化した葉を使って呼吸と熱を逃がす作業を行っているのだ。
そのため普通の固い布地で束ねては痛んでしまう。けれど僕にはそういった物を選んでやれるセンスがない。だからロミーが「パウラの髪はまるでセリカ※(絹)だね。柔らかいリボン探してあげるよ!」と機転を利かせてくれた時は助かった。
「そうか、君がこちらの世界も気に入ってくれたようで良かったよ。それにそのリボンもとてもよく似合っている」
細くて、ロミーがそう評したようにまるでセリカのような手触りの髪を一掬いしてパウラにそう言う。
すると何かおかしなことをしてしまったのか、パウラが急に足を止めてしまった。心配になってその顔を覗き込めば、潤んだ金色の瞳が僕をひたと見つめる。
「マスター……」
その唇からいつもの優しい声とは違う――熱っぽいというか、どこか艶を含んだ声が零れて僕を呼ぶ。このまま見つめ合っていると危険だと頭の中で警鐘が鳴り響く。自分でも何が危険なのかは分からなかったが、素直にその警告に従い身を退いた。
胸がドクドクと忙しなく脈打つ。ソッとパウラの方を窺えば不満気に唇を尖らせているところだった。彼女のそんな表情に苦笑しつつ手を差し出せば、すぐに体温のない掌が重ねられる。
「もう、マスターは本当に狡い人ですね」
「――すまん」
「いいえ、そういう少し堅物なところも素敵です。でもその代わり……お店に戻ったら今日購入して頂いた洋服を纏ったところを見て下さいね?」
「あぁ、是非とも」
店を任されてからこんな風に誰かと手を繋いで帰路についたのは初めてだ。
しかし店に辿り着いてからが本当の受難の始まりだと、僕はこの時まだ知る由もなかった訳で……。
あの宣言通り下着を付けただけの格好で出てきた彼女から全力で目をそらし、ロミーとお揃いだというショートパンツで外に出かけることを堅く禁じることにした。
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