*4* いざ、フリーマーケットへ!

 あれから毎日夕方の閉店後から試作に精を出すこと、一週間。


 ついに店から少し距離のある広場で行われる週末のフリーマーケット会場に出品するに至った訳なのだが――。


「見た目を変えるだけで意外に売れるもんだな……」


 さすがに飛ぶようにとまではいかないが、それにしても一日客らしい客も現れない店のカウンターで無駄に過ごすよりはずっと有意義な時間の使い方だ。僕はここには知り合いの目もないだろうからと、売り子として連れてきたパウラに向かって思わずそう漏らした。


 透き間の空いたスペースに手際よく新たな製品を補充していたパウラはそんな僕の言葉に振り返ると、金色の目を軽く驚いたように瞬く。


「それはそうですよマスター。マスターだって材料を採取するときは見目の良い物を探すでしょう?」


 至極当然な答えにそれもそうだと頷いた。それに満足そうな表情を浮かべたパウラはまたせっせと商品の補充を再開する。今は午前の部が終わり、午後の部が始まるまでの小休止をしている最中だ。他の出店者達もお互いの情報交換や談笑を楽しんでいる。


 しかし食べ物を商っている店も多いので、そちらの出店者達は相も変わらず忙しそうに働いていた。僕自身もさっき後学のためにパウラに買ってきてもらった焼き菓子を食べて腹を満たしたところだ。


 商品はどれも見た目の鮮やかなお菓子や、ほんの少し美容に良い調合を施したポーションを用意した。ただお菓子とはいっても残念ながら焼き菓子などではない。


 そもそも付け焼き刃のお菓子などでは他の出店者の足元にも及ばないだろうということで、日持ちのする飴とゼリーの中間のような物を作ることにしたのだが……これが女性陣に大いにウケた。


「ふふ、思った通りやっぱりこのお菓子が一番よく出ますね。今日は良いお天気ですから特に宝石みたいに見えます」


「本当にな。パウラの言うように綺麗な色味のポーションを混ぜ込んでみて正解だったよ」


 綺麗な色味のポーションに大量の砂糖を加えて煮詰め、ユパの実で固めた物を鉱石や水晶のような形に整形したこのお菓子は、半透明なので日の光やランプの灯りを通しやすい。


 そのせいでカットした面から入った光が、お菓子本体をキラキラと宝石のように輝かせるのだ。それを面白がってシャーレや薬瓶に詰めて並べてみたところ、販売を始めてすぐに売れていった。


 お客に商品名を訊ねられたので、パウラと二人で前夜まで悩みに悩んで考えた“星明糖”という商品名を答えたのだが……柄にもない名前をつけたものだと今になって猛烈に後悔している。色数はまだ四色程しか用意していないものの、これはまだまだ開発の余地がある商品だ。忘れかけて久しい開発意欲に俄然火がつく。


 今パウラが並べているのはどれも一般人向けの製品で、色や香り付けはその大半を工房の窓辺で育てている薬草やハーブを使って精製した物だ。


 一応仕上げに鉱石を加えて作ったポーションを加えてはいるものの、そこは本業の冒険者が必要とする成分を加えなくても良いので極微量にしか入っていない。それでも普通に薬草やハーブを使っただけの製品に比べれば回復効果は桁違いだろう。


 そしてまさかこんなところに冒険者が現れるとは思っていないが、一応そういった客向けの製品も少しだけ作ってみた。


 清水が流れる滝壷付近で採取できる【セイファート鉱】を削って加えた極薄い繊細な青色の発色が美しい星明糖。効果は回復・極小+麻痺回復。


 粘土質な火山層で採取できる【ジュローム鉱】を粉末状にしたものを加えた琥珀色の発色が目を引く星明糖。効果は回復・小+混乱回復。


 霊樹の近くで稀に採取できる【キリファ鉱】を砕いて水から煮詰めて溶かしたものを加えた深緑の瑞々しい星明糖。効果は回復・中+魔力小回復。


 炭鉱跡などで稀に採取できる石炭に似た【グスト鉱】を火で炙り赤くなった箇所を削り加えた朱色の鮮やかな星明糖。効果は回復・中+攻撃力微強化。


 この四種類が冒険者向けの製品だ。今のところ冒険者に知り合いもいないのでこの先これが売れるかどうかは未知数だが、どうしてもポーション職人として憧れが勝ったのだ。


「マスター」


 陳列を終えたらしいパウラに呼ばれてふと顔をそちらに向けると、やけに嬉しそうな表情をした彼女と目があった。


「今月の中間評定の結果が楽しみですね」


 そう言って眩しいものを見るように目を細めて僕を見るパウラ。彼女のこの笑顔に引き立てられるように、やってみたかったことが自分の中でその形を成していく。


「――あぁ、あれなら上限一杯も夢じゃないかもな」


 僕が柄にもなくこんな大口を叩けるのも、先週彼女のお陰で採取できた霊力キノコを使ったポーションを精製できたからだ。多分あれなら+50は堅いだろう。


 とはいえ今年中の一号店主催の評定会には出られない。だから本気を見せるというよりは“五号店も忘れてもらっては困る”といった意思表示のようなものだ。そのために貴重な霊力キノコを僅かとはいえ使用した。


「あれで結果が出なければ、協力してくれた君に申し訳が――」


 しかし苦笑混じりに返した僕の言葉は、直後に最悪の形で打ち切られることになる。


「あっれー? お前、もしかして五号店のロンメルじゃねー?」


 恐ろしく軽いノリでそう僕達に声をかけてきたのは、工房の同期で四号店を任されているコンラート・ブーツだった。顔を合わせたのは新年の集まり以来だが、相も変わらず派手な姿だ……。


 短い金髪を逆立てて両耳に三つずつピアスを付けているブーツは工房の中でも浮いた存在だったが、外で見てもやはり浮いていた。今日は追い剥ぎにでもあったのかというような鉤裂きだらけの服に、腰からはジャラジャラとしたチェーンを二本ぶら下げるという格好だ。


「何なに、ついにポーション店諦めて雑貨店でも始めたのかよ?」


 身長は僕より三センチほど高いだけのブーツは圧迫感はないものの、奇抜な服装と三白眼気味な鋭いつり目のせいで近寄りがたい雰囲気はある。そしてこの男は何より素行が悪い。工房の内外構わず女性関係の揉め事の多さは有名だ。僕は咄嗟にパウラを背中に隠した。


 だがこんな見た目と素行でも能力重視の工房にいるだけあって実力はそこそこあるし、本番に強い。羨ましいまでのメンタルを持っている。


「……いいや? 確かに今日ここにいるのは本業の客の少なさからだが、よく見ろ。商っているのはポーションだ」


 相手が礼を欠いているのだから、こちらが下手に出る必要もない。僕は背後にパウラを庇いつつブーツの言葉に多少の皮肉を込めて答えた。


 今までせっかく和やかだった広場の雰囲気が、うちの出店ブースだけギスギスとした空気に変わる。他の出店者やお客が遠巻きにそんな僕達のやり取りを見ていた。


「あれあれ、今日は何だか強気じゃん? さては女の前だからって格好付けてんの? なぁ、後ろの彼女。コイツ一月の中間評定でうちの店の従業員に結果で負けて、しばらく店開けられなかった超ヘタレなんだぜ?」


 腹立たしいがここで言い返して揉め事を広げたくはない。それにブーツの発言内容は事実なので僕は唇を噛んで、一刻も早くコイツが騒ぐのに飽きて立ち去るのを待つしかないと――思い込んでいた。


「ヘルムートさん。こんな無礼な方は放っておいてそろそろ午後の販売準備をしましょう?」


 僕の背中の後ろから出てきたパウラは、いつもと変わらない弾むような優しい声でそう言うや形の良い顎を上向け、その金色の瞳でブーツの凶相を真正面から睨み付けた。


「――そういうことですので、どうかお引き取り下さいませ」


 僕の方からはその金色の瞳に宿る感情の色を読みとることは出来ないが、睨み付けられたブーツはどこか面白そうに目を細めている。何となく嫌な心持ちになった僕は、ブーツの視線からパウラを隠そうと二人の間に強引に割り込んだ。


「聞いただろう? 分かったらもう帰ってくれ。店の前にお前みたいに目立つ奴がいたら客が寄り付かん」


「ま、今日のところはこれくらいにして帰ってやるよ。その代わりと言っちゃ何だが――」


「売り子の個人情報は教えられないぞ」


「あぁ? ……馬鹿、ちげーよ。何おもしろい勘違いしてんだ。そうじゃなくて、そのポーションと石みたいなやつ。それを一個ずつ売ってくれや」


 意外にもブーツは本当にうちの商品を気にしていたようだ。だとしたら今日こんなところにいたのも、何かポーション研究に役立つ物を探しに来てのことかもしれない。


 同僚の意外に勤勉な一面を見た僕は、渋るパウラを宥めてさほど重要な配合でない商品を売ることにした。さすがに同業者相手に貴重な情報の入ったポーションを売るのは躊躇われたのだ。


 ブーツは僕に「また今度お前の店に寄らせてもらうわ」と言い残して去っていったのだが……その背中に向かってパウラが舌を出していたのは見なかったことにする。


 途中ブーツの乱入という余計なイベントが発生してやたらと気疲れしたものの、その後は特に何の問題も起きず順調に商品が売れていった。


 パウラと二人でこれで今月は何とか赤字を少し出す程度で済みそうだというようなことを話していたら、いよいよお開きの時間になった頃に本日最後の珍客が現れた。


「何これ、可愛いぃぃー! え、これみんなポーションなの? こんな端にポーション屋さんが出てたなんて知らなかったぁ。もっとちゃんと探せば良かった……もう食べ物買いすぎてお金足りないし」


 その珍客はやたらと筋肉質な女性で、凄まじい勢いでそうまくし立てるとかじり付くようにしてまだ残っていた数点のポーションを眺めていた。ふと一般人とは違った“匂い”を感じ取った僕は、珍客である彼女の手首に視線を向けた――と。


 思った通りの物がその手首に光るのを確認した僕は、何やら激しく後悔している様子の彼女に声をかけることにした。


「失礼ですがお客様、もしやその手首にされているのは冒険者証では?」


 僕の言葉に顔を上げた彼女は人好きのする笑顔で「そうだよ!」と答えてくれた。


「そうですか。でしたらもしよろしければなのですが、お客様にこちらの製品をどれか一つ無償でお譲りしますので、使用後の感想などを教えて頂けませんか?」


 隣で“無償”という言葉にパウラが眉を顰めるが、何とか苦笑を向けて許してもらう。パウラのお許しを得た僕は、早速彼女の目の前に冒険者用に作ってきたポーションを並べた。


 提案を受けた冒険者の彼女は「ウソ、そんなので良いの!? だったらやる、やらせて下さい! ついでに仲間にもお兄さんのお店の宣伝しちゃうよ!」と快諾してくれた。


 サービス精神の旺盛な人物で助かる。冒険者証の代わりとなる腕輪は下から鉄・赤銅・銀・金・白銀とそのランクを上げるにつれて材質となる金属の格が上がっていく。


 何でも彼女達のパーティーはつい先日ようやく“鉄の腕輪”から“赤銅の腕輪”にランクを上げたばかりらしく、とてもではないがまだ表通りにあるようなポーション工房で商品を購入する余裕はないとのことだ。


 最後の最後に良い取引が出来たと両者で握手を交わして、僕達の初めてのフリーマーケットは幕を閉じた。


 ――この日最後に出逢ったこの冒険者の彼女が、数ヶ月後に思いも寄らない事態を持ってくることになるとは、この時の僕達はまだ知る由もない。

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