第8話 割りきれないが
田崎は、精神障害の鑑定留置となり、3ヵ月の鑑定留置になった。
『警部・・・
まさか田崎の奴・・・
無罪放免なんてこと。』
小林は、まだ怒っている。
『あるやろうなあ。
田崎は、どう考えてもまと
もやない・・・。
気ぃ狂てへんで。あんなこと
やられたら、それはそれで
ヤバ過ぎやろう。』
勘太郎も、割りきれていないものの、なんとか怒りを押さえつけようとしていた。
『法律では、裁けへんでも。
社会的制裁が大きいやろう。
せめて、それくらいな
いと。』
本間も、割りきれてはいなかった。
『裁判になったら、弁護士は
必ず精神鑑定に持ち込もう
としてくるケースや。
弁護士は、それが仕事やさ
かい、しゃーない。
しかも、確実に精神障害で
無罪にされてしまう。
捜査段階での、精神鑑定と
裁判段階になってからの鑑
定とでは世間のイメージが
違うと思うねん。』
裁判になってからの精神鑑定だと、無罪にならなくても、軽い刑に減刑されかねない。
軽い刑で服役しても、出てきたら刑は終わる。
本間は、最低限、一生続く足枷を田崎康太に背負わせたかった。
1人の男性を殺害し、1人の女の幸せをめちゃめちゃに踏みにじっておいて、数年で終わりなんて、許せなかった。
田崎の狂気は、たぶん、法律では裁けないだろう。
ならば、せめて、社会生活不適合者のレッテルを貼りたいという思いがあった。
担当の検察官に、よくよく相談して出した作戦だったのだ。
実際、医師の診断は、精神障害者手帳の申請に足るほどの障害となり、この段階で無罪は確定したも同然となった。
担当検察官の藤川と本間は、ある意味では、胸を撫で下ろした。
『危うく、完全無罪放免にさ
れるとこやったなぁ。
藤川検察官の言うこと聴い
といて、良かった。』
案の定、アパートの管理会社は、田崎との賃貸契約を解消する手続きに入った。
もちろん、田崎には弁護士が着いているが、国選弁護士には、そこまでやる者はいない。
依頼されていないのだから、権限がない。
当然、アパートの管理会社の請求は認められて、田崎はアパートに住めなくなった。
友達と思っていた連中は、こぞってそっぽ向いた。
結果的に、生活保護で市営住宅に行くことになった。
周りに知人はいない。
親兄弟からは、見放された。
過去が報道されてしまったので、田崎を雇う会社はなかった。
もちろん、秋葉原敦子に近づくと、ストーカー規制法で、即逮捕されてしまう。
市営住宅で、閉じ籠り、テレビぐらいはある。
食事のお金ぐらいは、生活保護費が支給されるが、自炊以上の金額は無い。
自炊したことなどあるわけない田崎は、食事の回数を減らすしかなかった。
福祉の職員が、たまには訪問するが、極端に事務的。
近所の交番のお巡りさん達は、近づいてはくれるものの、警察官なので、田崎の方が敬遠するように逃げた。
逃げる必要は無いのだが、心理的なものだろう。
数少ないチャンスを、田崎から減らしてしまった。
当然、長い孤独な生活になってしまった。
もちろん、ボランティア団体はある。
が、数少ない。
地道な仕事が出来る人間ではない。
そうなると、日雇いの土木作業ぐらいしかなくなってしまった。
しかし、田崎のような性格で、日雇いの土木作業などという体力仕事が出来るわけない。
せっかくの、抜け出す道を、自ら放棄した。
しばらくすると、もう出歩く気力すらなくなって、近所のコンビニで、朝食用のパンと弁当を1個買って、部屋で膝を抱えてテレビを見るだけ、光熱費は生活保護費から、天引きされるので、電気や水道が止まることはないのだが。
1日の会話が、コンビニ店員さんの『いらっしゃいませ。』
『ありがとうございました。』
業務上の笑顔だけ。
ただそれを繰り返す日々。
刑務所であれば、まだ、刑務官が、日に何度か、部屋を覗いてくれる。
独房であっても、完全孤立することはない。
しかし、殺人犯で、精神障害者無罪という特殊な人間である田崎に近づく物好きはいなくなっていった。
いや、正確には、人道支援のボランティア団体の人々や交番の巡査や団地の自治会の人々等、自分から心を開いて飛び込めば受け入れてもらえる体制にはあるのだが、田崎には、それが見えない。
藤川検察官と本間警部には、こうなることが、わかっていたとしか思えない。
ある意味、死刑より辛いかもしれない。
抜け道はある。
しかも、1本ではない。
田崎の場合、本人さえその気になれば、いくらでも抜け道はあって、その道を自由に選べるようにしてある。
しかし、その道は、全てが自分の罪を悔い改めて、更正するための道である。
そう、藤川検察官と本間警部は、田崎に更正することを望んだのである。
割りきれないのは、神代味噌店の人々も同じである。
神代孝幸の家族と秋葉原敦子からしてみれば、田崎は死刑でも、まだ許せない。
しかし、神代味噌店の味わい深い味噌を待っているお客さんがたくさんいる。
いつまでも、田崎のような奴のことをどうのこうのと思っているヒマはなかった。
結果的に、差し出された手があるにも関わらず、それに気がついていながら、田崎は逃げた。
法律上、無罪なのだから、自由に生きる権利はある。そして、その方法もある。
しかし、その救いの手を掴むのも、田崎の自由。
藤川検察官と本間警部は、その卓越した人間観察力で、こうなることを見通していたのだろう。
木田と勘太郎と小林は、捜査本部解散後に、背筋がピンと張った。
『つくづく凄い警部やなぁ。
勘太郎・・・
小林・・・。』
藤川検察官もである。
京都グルメ探訪殺人事件・① 近衛源二郎 @Tanukioyaji
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