第2話 身元が不明

ドアが開いて、ライトバンではなく、ステーションワゴン車であることが判明。

かなり古いトヨタのカローラである。

ライトバンとステーションワゴンの違いは、見た目にはない。

シートや内装が、ステーションワゴンは乗用車のレベルの物ではあるものの、いかんせん古いため、今の若者にはわからない。

それより、もっと不思議なことに、運転免許証等の身元を示す物がまったくなかった。

『車には、荒らされた形跡は

 ない・・・

 被害者の死因は、首を刺さ

 れて頸動脈が切れたことに

 よる失血・・・

 殺しが目的やったとしても

 身元証明だけを持ち去る。

 果たして、持ち去られたん

 かも確実とは言えへん。

 車検証まであらへん。

 徹底的に身元がわからんよ

 うになっとる。

 サブちゃん・・・

 この方。ここで殺されはっ

 たんか。』

勘太郎は、殺された後で車に乗せられたと考えた。

『さすがや・・・

 ようそこに気がついた。

 そこで殺されたにしては、

 出血量がぜんぜん足り

 ひん。』

先ほどの、新人鑑識作業員が走ってきて。

『主任・・・

 なんか変な血痕があるんで

 すけど、見てもらえま

 すか。』

佐武と勘太郎が、新人の後を走って行った。

『明らかに、引き摺っとる

 なぁ。』

いつの間にか、勘太郎の後から歩いてきていた本間と木田が呟いた。

徹底的に、身元を隠蔽していることから、犯人の強い殺意を感じる。

『ポンさん・・・

 あんたとこにも、えぇ若い

 のいてるやんけ・・・。』

馴れ馴れしく近づいてきた鑑識服の中年。

『おっ・・・

 棟さん、直々のお出ましか

 いな・・・

 こら大事やで。』

棟田信三郎京都府警察鑑識課課長である。

本間とは、なぜか馬が会うようで。ポンさん棟さんと呼び会う間柄。

『あんたかて・・・

 捜査1課長直々の出場て。

 ただごとやあらへんで。』

『いや、儂は・・・

 こいつらが、儂に隠れて美

 味いもん食いに行かへんか

 と思てなぁ・・・。』

本間警部、いつもの食いしん坊で、ついてきただけだった。

『ところがや・・・

 今のところは、あぶり餅。

 ゲットだぜってな。』

『大丈夫ですよ警部・・・

 もう昼やし・・・

 和食か洋食かどっちにしま

 しょう。』

勘太郎の言葉に当然、本間と木田は食いついた。

『佐武・・・

 儂らも、いっしょに行かへ

 んか・・・。』

棟田は、刑事3人と行くつもりだったのだが。

『いえ・・・

 鑑識終わってませんし。

 血痕とか乾いたら、鑑定大

 変になりますさかい。

 嫁さんに弁当作ってもろて

 ますねん。』

鑑識作業中は、現場を離れないという、鑑識の鬼と言われた。父親、佐武藤四郎の教えが染み込んでいる。

『現場は、生物です。

 賞味期限のうちに探さんと

 、見つけ難うなってしまい

 ます。』

『お前、オヤジさんと同じこ

 と言うとるぞ・・・。』

茶化しながらも棟田は嬉しそうに微笑んだ。

『和食やったらどこで、洋食

 やったらどこや。

 勘太郎・・・。』

本間は、食い気が爆発しているようだ。

『大徳寺さんの境内に泉仙(

 いずせん)ありますし。

 門前にはフクムラあります

 さかい。』

勘太郎の答えには、木田が食いついた。

『平日昼間に泉仙って、贅沢

 やで。

 フクムラでも、贅沢や。』

泉仙は、鉄鉢(てっぱつ)と呼ばれる僧侶が托鉢の時に御布施を受けるために使う鉢に精進料理を入れた大徳寺の名物料理で、かなり高級。

フクムラは、京都を代表するイタリアン。

当然、パスタでも、けっこうな値段。

『北山の曲がり角まで行って

 、サイゼリアでえぇと思

 うで。』

刑事が、現場検証の途中で食事することは悪くないが、高級料理に行けるほどの小遣いはない。

勘太郎は、祇園の乙女座という高級クラブの女将の夫。

小遣いは、ある程度以上に使える。

とにもかくにも、棟田を加えた4人は、サイゼリアで食事にした。

『フォカッチャ・・・

 ボローニャ風ドリア・・・

 ペンネアラビアータ。』

勘太郎の注文は、いつも同じ。

誰かが、ドリンクバーを頼むと、追加するパターン。

棟田と本間がドリンクバーを頼んだので、木田と勘太郎も追加した。

食事を終えて現場に戻ると、現場が騒がしくなっていた。

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