第3話:霧の都の路地裏にて①

 宵闇の中、白いものが渦を巻く。

 街路のあちこちに灯る瓦斯灯ガスとうの明かりに浮かび上がるのは、濃い霧だ。街の中心を流れる運河が生み出すこれは、一年を通して絶えることがない。ときとして住人たちの生活に影響を及ぼす、『霧の都』の異名の元となった王都の風物詩だ。

 ……しかし、それを隠れ蓑に悪事を働くものも、残念ながら存在する。

 (久々の濃霧か。どうやら、調査の条件が揃いそうだ)

 心の中でつぶやいて歩を進める。革靴が硬い石畳に当たって、かつんと足音が路地に響く。

 本来なら誰かを待ち伏せするのに、石畳の道ほど向かないのもはないだろう。ちょっとした物音が周りの建物の壁に反響して、相手に居場所を教えてしまうからだ。しかし、

 (にもかかわらず、たちには回避行動を取った形跡がない。つまり接近に気付かないまま、何者かの手に掛かったということだ)

 ここ半月ほど、王都ロンディアで立て続けに起こっている事件がある。日暮れ以降に外出した住民たちが消息を絶ち、変わり果てた姿で見つかるというものだ。被害者は老若男女、身分も様々で、怨恨や物取りの線は考えにくい。目下、警視庁の精鋭も頭を悩ませている案件だった。

 彼が関わることになったのは、事態を重く見た身内から直々に頼み込まれたからだ。本当は自分がなんとかしたいのだが、と、もどかしそうに顔を曇らせていたのを思い出し、ふと微苦笑が溢れる。

 (……本当に変わらないな。あのひとは)

 出会ったときからそうだった。周りにかしづかれ、護られて当たり前の立場だというのに、いつだって民草のために最前線で動きたがる。そんな人柄に惹かれて、力になりたいと思う者は実に多いのだ。その中から自分を選んで頼ってくれるのは、本当に誇らしいと思う。

 つい口許が緩んでしまい、誰が見ているわけでもないのに咳払いする。その時、

 『――クロード。クロード、聞イテ』

 渦巻く霧の中か、それを吹き寄せる風の中か。ぽつんと囁くように呼んできたのは、彼のよく知っている声だ。

 「おや、ギリーか? いつもながら有り難いが、こんな夜は君たちには酷だろう。もう戻って休んでくれ」

 『違ウノ。……違クナイケド、ソウジャナクテ』

 穏やかに労うが、どうも様子がおかしい。明らかに恐れを湛えた声音が、細かく震えながら続きを紡ぐ。

 『右ノ、一本隣ノ道。何カ、良クナイノガイル……!』

 風雲急を告げる言葉に、聞いた方は返事も忘れて駆け出した。

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