第4話「成長?」
◇あらゆる万物がたゆたう時の海。
何もない広い広い海は、今日も静かで平穏な日常を紡いでいます。そこに住んでいるのは、遥かなる旅を経て、全ての真理を視て究極を掴んだ一人の錬金術の神がいました。この錬金術の神は、とても気まぐれな人で、この平穏な海に自分をあっと驚かせる『何か』を望んでいました。しかし、それは一向に訪れることもなくただ暇な時間を弄んでいた神は何気なくと下界を覗き混んでいたその時、運命なのか、一つの小さな才能を見つけたのです。
よくよく観察してみれば、それは人間の形をした一人の少女でした。名はミーリ・アルトルイユ。銀髪がよく似合う小柄で華奢なその人物は、僅か14歳にして、神の領域の才能を持っていたのです。同じ錬金術神として、それを見逃すはずもなく神は、その少女を天界へと呼びました。そして、意識だけの存在である神は、普通の人間であるミーリと話をしてみました。
『我、汝に神に連なる光を見たり。我、汝と同じ錬金術を極めし者。汝が望めば、力を与えることもやぶさかではない』
と。上から目線ですね。突然、精神だけを連れてこられたミーリにとってはたまったものではありません。しかし、ミーリもまた不思議な人間。それに臆することなく神に話しかけます。
「錬金術の力を私に貸してくれるの?本当?」
『然り。我、同じ同胞を得られて嬉しく思う。故、汝に錬金神としての力を貸さん』
「神様…すごい!ありがとう。でもただすぐに上手くなるのはやだな。自分で成長したって思えるくらいじゃないとそれは成長とはいえないから」
神は考えます。自分と同じ才能を持った少女を応援したい。しかし、少女はそれを拒んでいる。でもどうしても応援したい。しばらく神は思考を巡らせると一つの終着点にたどり着きます。
『提案。我、汝に我が加護を与える。汝、錬金術士の卵としてその神なる才能を開花させん。結果、汝の思考板は更なる進化を遂げ新たなる道が視えることを誓う。これこそ平和的収拾』
神は、ミーリの封印されていた才能を一部解放していくことで、ミーリの成長をより深く、より強くすることを提案したのです。
「うん、ありがとう!でも私だけが貰ってもいいの?一方的は不公平じゃない?」
ミーリは、自分だけがその力を貰ってもいいのか。他の錬金術士より贔屓してもらっていいのか、気になるようです。また神は考えました。たっぷりと時間を掛けると最大限の譲歩として、彼女に提案します。
『我、汝に我が加護を与える代わりに、その代償として、呪いを課す。呪いとは、即ち汝を縛る鎖。故に断ち切ることは不可能。汝の希望に沿った取引。これこそ平和的収拾』
それならとミーリは頷きます。これは神との取引。絶対にあり得ないこのやり取りは、後に更なる事件を起こすことになるのですが…。ミーリはまだそれを知りません。
引き返すことの出来ない未来への分岐点を進んだミーリは、神との密かな契約を結び現実世界へと帰っていきました。
果たしてこれが、前へ転ぶか後ろへ転ぶか、神でさえ知るよしもなかったのです。
◇公認錬金術士ワイズが『アラステット』に来てから二年後。
「よーしっ!休憩おーわり!さてと、残りの依頼も、済ませないと」
元気よく木のベンチから立ち上がると少女は、オレンジ色のテントのアトリエへと急ぐ。
彼女の名は、ミーリ・アルトルイユ。外来との接触を拒絶する『アラステット』の町で生まれ育った錬金術士見習いである。ほどよく肩のところまで切り揃えられた銀髪に、動きやすい服装に包まれた健康的な身体。明るい性格と負けず嫌いの性格のミーリは、今日も師匠と共に人々の出す依頼解決に走る。
「ん、戻ったか」
ミーリをアトリエで出迎えたのは、師匠のワイズ。彼は、優秀な者だけが名乗れる『公認錬金術士』の称号を持った錬金術士である。魔法使いが着るような丈の長いローブに空のフラスコをローブにくくりつけた姿は、博識者の雰囲気を辺りに釀し出していた。
「師匠、次は何を作ればいいですか?」
「そうだな…、確か『この先の橋が壊れていて通行が困難だから、丈夫な石橋を作ってくれ』なんて依頼があったな」
「石橋…!? どうやって作るんですかそれ…」
「石材を均等に伸ばして接着剤でも塗れば、一応それらしくはなる…はずだ」
「大丈夫ですかそれ…」
「わからん。だが、やってみないことには進まないだろう。ミーリ、君は強力な接着剤を作っておいてくれ。石材はこっちでなんとかする」
「接着剤ですか…、わかりました」
石を繋げる接着剤だなんて聞いたこともないが、師匠たるワイズがやると言うのだから仕方ない。
(上手くいくかはわからないけど…なんとか頑張ろう)
釜の前に立ち目を瞑り精神を集中させる。気持ちを落ち着かせ、余計な雑音が耳に入らないように五感を研ぎ澄ます。もはや、今のミーリに誰一人の声は届かない。
「錬金盤面…構築開始」
ミーリの精神が完全に別世界にへと転送される。目を開ければ、辺り一面が優しい光に包まれミーリの精神体を歓迎した。
「うん、同調問題なし」
自分の精神に何の問題もないことを確認すると改めて目の前へと向き直る。そこには、4×4マスのパネルが空中に浮かんでいた。
「作るアイテムは強力接着剤。材料は蒸留水、中和剤、神秘の力にエリキシル」
言葉に出すとパネルの左横には、触媒リスト、右横には、材料リストが映し出された。
「絞り込もう。特性は『超クオリティ』、『プロの完成度』、『威力固定強化』」
今度は無数に陳列していた材料が、瞬時に入れ替わり、条件に合った材料のみがリストに並んだ。
「まず先に触媒は、混沌の泥。錬金成分は…そうだな、蒸留水は『飲用』の成分付きを。中和剤は赤で成分は『硬水』、神秘の力は…双色コランダムを使っちゃおう。成分は『炎の力』、エリキシルは錬金粘土で。成分は『変幻自在』」
次々と条件を追加していき、最後に残った素材を『錬金成分の欠片』に変えパネルに当てはめていく。『混沌の泥』の触媒効果でパネルが4×4マスから7×7に拡張されたことによってどれ一つ被ることなくパネルにはめ終ると最後に『完了』を選択する。数分して、調合結果が表示された。
「あー…やっぱり素材自体の品質が低いからかなぁ…。総合で376かぁ。もう少し捻って…」
改めて素材を厳選し始める。なるべく元の素材の品質は高く。でも条件の特性は忘れずに。
「…………」
今度は比較的良質な素材を選び再度パネルにはめる。結果、総合品質は悪くはなかったが、さっきのよりは粘着性が弱くあまり長くは持たないようにみえた。これでは、せっかく石橋をくっつけてもすぐに取れて崩れてしまう。かといって、品質が低すぎてもそれはそれで、あまり長持ちを期待することは出来ないだろう。
(無闇に焦るな。もし思い通りにいかないなら、調合可能な材料から特性を厳選しつつ品質を上げればいい。考えて…、錬金粘土の材料は?『粘土』と『中和剤』、それに『薬品』に『神秘の力』だったはず)
一度、調合品を接着剤から錬金粘土に変え新しく作り直す。無論、素材はかなりの厳選をしなければならない。
「『薬品』ならリフュームパットかリフュームボトルのレシピがあったはず。再度レシピ構築」
瞬時に二つの作成欄が目の前に表示される。
(高品質ならリフュームボトルだけど…リフュームパットの方が使いたい特性がある。材料的に被っているところを突ければそこを攻めたいけど、どうかな)
リフュームボトルの材料の一つ、コバルト草は非常に高い品質が揃ってはいるものの特性は平凡なものばかり。リフュームパットの素材であるシロヒメクサは品質は低いが、特性に『品質上昇』が付いているものが多数ある。どれかを捨ててどれかを得るわけだが…。
「うー…仕方ない。ここは品質を最優先にして…」
決断は早かった。そうと決まれば、迷わぬ手つきでリフュームボトルを完成させ特性を選択した。これで、現実世界でのレシピと調合は引き継ぐことが出来る。ここでの仕事は終わった。
「シュミレーション完了。疑似世界を解除」
盤面を起こした時と同様に目を瞑り元の世界へと帰る。後は、盤面の通りに調合すれば接着剤は完成だ。
「…ん。無事帰還」
時間はそれほど経ってはいない。師匠に急かされる前に早く調合しなければ。
「材料に問題なし。調合開始」
既に決めていた素材を手に取り素早く釜に入れ錬金成分を浸透させていく。さほど難しくないように見えても脳内では、何百という計算をこなしながら調合しているのだ。負担で倒れない内に早く仕上げてしまおう。
やがて、数分もしないでワイズに渡すものができた。出来栄えはそこそこに良い。
「よし、とりあえずこれで完成。師匠の方は大丈夫かな…?」
肝心のワイズは、現場で指揮を執っているはずだ。アトリエを出て川まで行こうかとドアを開けた時、依頼人の男が息を切らしながら駆け込んできた。まるで、なにものかに追われているような、そんな恐怖感を露わに男は、ミーリの服の裾を掴んだ。
「たす…助けてください錬金術士様ぁ!」
「一体何があったっていうの!?」
「そっそれが…!」
男がいうには、橋を架けるために川の岸で石材を作っていた矢先、突然、川の中から巨大なカニの魔物が現れ作業員達を襲ったらしい。ちょうど資材集めに戻ってきたワイズがそれに気づき最低限の道具で足止めをしているが、長くはもたないと思ったのか、依頼人にアトリエにいるミーリに事の次第を伝えるように使いを出したのだ。
「状況はわかりました。待っててください、今討伐用の道具を作ってきますので!」
そう言って、ミーリは身を翻すと工房へと姿を消したのであった。
ミーリのアトリエ ~煌めく夜空の錬金術士~ ぼっち @mccall
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