第3話「調合!」

◇古来より錬金術士は、類い稀なる才能を開花させ、人の生活に更なる便利さを与えてきた。数ある歴史を紐解けば、現在から過去に戻ったり、本に魂を移したり、絵画の世界に入ることが可能だったりと、無知な常人が「あり得ない」と口を揃えるであろう現象も錬金術士にとっては、奇跡の一端でしかないのだ。




「つまり錬金術っていうのは、奇跡の力なのさ。才能がなければ創ることさえ出来ないからこそ希代の錬金術士は生まれるんだ。そして、僕はその希代の錬金術士の末裔なのさ」


ミーリ達は、オレンジ色のテントの中で錬金術士だというワイズから話を聴いていたのだが…、まったくもって興味が沸かないジュゼに既に眠たいのか、ジュゼの肩に頭を預けて目を閉じたミミ。もはやワイズの話を聴いているのは、ミーリしかいなかった。ミーリは、ワイズの語る錬金術の素晴らしさとその力に感動していた。


「…錬金術ってすごい…。なんでも創りだせちゃうなんて…!」


「そうだろう?君はどうやらこの力の偉大さをよく理解しているようだ。若者なのに感心感心」


ミーリの熱心な姿勢にワイズは気を良くした。今まで彼の話を本気にしたのは、錬金術士に世話になり恩を感じているものと錬金術士本人だけで、何も知らない人間達は彼の話を流すだけ。説いても説いても「あり得ない」「夢物語だ」なんて言われてきたものだから、ここまできちんと聞いてくれるもものは居なかった。それが彼を更に感動させた。

実際、ミーリもその錬金術に興味を示していたしやってみたいと思っていたので、ワイズの話を流すことはなかった。


「私も錬金術をやってみたい!きっと面白いはずだよ!」


一通りワイズの話を聞き終わるとミーリはんワイズにぐいっと詰め寄った。


「私に錬金術を教えて!ワイズさん!」


「むっ?しかしな、錬金術は才能があるものにしか、扱いきれんから…、いやまて、もしかしたら万が一があるやもしれんな…。ふむ…まぁ、君になら教えてもいいかもしれん」


「ほんと!?やった!」


「あぁ、君に錬金術の適正があるかどうか試してみようじゃないか。さ、釜の前まで来てごらん」


ミーリは、ワイズと共にテントの奥まで行くとそこには、虹色の水が満たされた大きな釜が鎮座していた。


「わぁ、すごい…」


「ははは、そうだろう、そうだろう。よし、ではまずは基本の薬から調合してみようか。やり方は教えてやる。感覚を掴みなさい」


ワイズは、釜の横に置いてあったコンテナから緑色の草を取り出して釜の中に放り込んだ。それから赤色の水が入ったフラスコをゆっくりと丁寧に釜へ垂らした。すると徐々に釜内の水の色が緑色に変化し始める。すかさず棒で混ぜ混んで、完全な濃緑になったのを見計らい、中身を空のフラスコに入れた。


「よし、これで容器に入れれば薬の完成だ」


それからしばらくして、フラスコ内の水は固まり始め白く濁った塊になった。

それを四角い型に移し変え、最後に青い中和剤を少しだけ上に垂らした瞬間、濁った白は透き通る透明感のある薬に変化した。


「これが、錬金術の基本の『き』。山賊の薬だ。まぁ元のレシピより中和剤を多く入れたから効果は少し弱いがな」


「? なんで中和剤を多く入れたんですか?効果が薄まっちゃうなら逆効果じゃ…」


「確かにそれはそうだ。しかし、山賊の薬というものは、怪我した部分に塗ると非常に染みて痛い。だが、この薄めた薬ならいくら塗っても痛みは無いんだ。その分、通常よりも幾分塗る必要があるが、痛い思いをするよりはマシだろう」


「そっか…、怪我した人の事を考えて…」


「ま、これも錬金術士の出来ることさ。さぁ、君も同じようにやってみなさい」


材料と棒を渡されとミーリはさっそく調合に取り掛かる。ワイズと同じように緑草を入れたその時。


「っ!?」


ミーリの脳内には、あり得ない光景が映し出されていた。目の前には、16個のマスパネルがあり、横に材料の名前と何かの名称が浮かんでいた。


「材料名『魔法の草、井戸水に中和剤・青』…。えっとこれは特性欄…?品質上昇に高値…ってなにこれ」


訳のわからない出来事に頭が混乱するものの冷静を保つべく今の現状を理解しようとする。


「言うなれば、ここは調合をするための世界ってことかな?いや、どうなんだろう…、よくわからないけどそう仮定をしよう!」


ミーリは特有のポジティブさで、この状況を都合よく解釈すると早速パネルに触れた。


「まずは植物から始めよう」


材料欄から『魔法の草』を選びパネルに反映させると『魔法の草』は緑色の縦に繋がった四つの丸形に変わるとマスに浮かんだ。


「試しに縦に置いてみようかなぁ」


そのまま丸形を端のマスへと選択すると緑色の丸はマスに嵌まった。


「パズル感覚だ…」


そのまま『井戸の水』を選択すると同じように青い丸形に変化した。それを魔法の草同様、パネルに重ねる。最後に中和剤を同じ方法で、パネルに重ねる。


「これで全ての材料は入れたつもりだけど…何か起こるのかな…」


ミーリは高鳴る気持ちを落ち着かせながら緑と青に染まったパネルを見つめていると目の前に『完了』、『戻る』と表示された選択肢が、浮き出た。

ミーリは迷わず『完了』を押すとパネルは消え、『特性リスト』が現れそこには、二つの文字が表示されていた。


「さっきの品質上昇と高値を付けて…完成!」


これも迷わず二つとも選択し『完了』を押した。

少し立ってからワイズの作って見せた山賊の薬が出来上がった。


「おぉー、何もせずとも薬が出来たぞ?棒で混ぜたり中和剤を垂らしたりとかしないんだ。へぇー変わってる」


呑気にそんなことを言っているうちにミーリはだんだんと眠気が生まれてくるのを感じた。それは徐々に強くなりやがてミーリは、完全に睡魔に屈してしまった。


「うー…せっかく…作った…のに…」


初めて作った道具を前にミーリは、不思な空間から退場するのであった。



◇「……い!おい!君!大丈夫か!?」


誰かの叫び声で目が覚める。すぐ前には、ワイズが肩を揺すっていた。


「ほぇ…ワイズさん…?」


「やっと起きたか。ちょっと目を離した隙にうとうとしていたんだぞ。さ、早くやってしまいなさい」


「はぁ…すみません…」


(疲れてるのかな…また寝ちゃう前にパパっとやっちゃお…)


ミーリは、釜に向き直り材料を入れようとしたその時。


「…っ」


一瞬、何かの錯覚だと感じたが、目が覚めるに連れて明らかにその感覚は、鮮明になる。


「『覚えている』、いや、これはもう『体験』した?」


初めてのはずなのに、材料の名前が、特性が、品質が、調合の仕方が、手に取るように頭の中に展開される。


(やれる!私なら!)


気を引き締め、感覚を研ぎ澄ましながら材料を手に取る。


(魔法の草の位置はここ。井戸水は横に。中和剤は後から)


『あの時』の感覚を一つ一つ思い出しながら攻めの一手を確実にする。釜の中の水は穏やかに緑の青の斑模様をつくり始めた。


(大丈夫、落ち着いて。ゆっくりと、優しく)


斑模様を崩さないようにゆっくりと釜の中をかき混ぜる。少しすると表面が少しずつ白い斑点ができ始めた。


(最後まで油断はしない!)


最後の詰めとして、ぐるぐると釜の中身を勢いよく混ぜ、薬を完成させる。


「よし…まずまずかな…」


後は、ワイズのやっていた手段通り、容器に原液を入れ固めると、ワイズと同じ『山賊の薬』が仕上がった。


「どう…でしょうか…?」


完成品をおずおずとワイズに手渡す。無言でミーリの調合を見ていたワイズは、完成品をチラッと見ると何故か溜め息をついた。


「あぁ…やっぱりダメでしたか…?」


その様子をみたミーリは、顔を真っ青にして「すいません!」と謝る。


「やっぱり私には才能無かったですかね…。よくよく見てもワイズさんの方が、上手いし…いやそりゃ当たり前だけど」


しかし、ワイズは首を横に振った。


「確かにこの薬は、僕の作った物には遠く及ばない。だけどね、ただの素人がこんな高い品質の薬を作れるなんてあり得ないんだ」


「いやいや…慰めは止してください…、私はやっぱり…」


「僕の言葉を信用出来ないと言うのであれば、きっぱりと断言しよう。君は錬金術の才能がある。もし、君がベテランの錬金術士の指導を受ければ、たちまち最高…いや最強の錬金術士となるだろう」


ワイズは、はっきりとそう断言した。ワイズの目に嘘は無かった。それを聞いたミーリは、信じられないという様子で彼を見つめた。


「本当に本当なんですよね…?私にも才能…あるんですよね…?」


「あぁ、間違いない。君にはその才能がある。私は君に興味が沸いてきた。君、名前は?」


「ミーリ・アルトルイユですけど」


「そうか、ミーリか。よしミーリ、君は退屈が嫌いなんだろ?なら、僕の弟子にならないか?君になら僕の錬金術を教えてやることが出来そうだ。錬金術を極めればあらゆるものが作れる。どうだ?」


「…っ!私でいいなら…はいっ!お願いします!」





◆ミーリには、元々趣味があまりなかった。友達と遊んだり本を読んだり仕事をしたり。日頃からなにか新しい出会いを待ち望んでいた彼女にとって、これは運命であり、彼女の人生の転換期でもある。


一人の小さな少女は、無限の可能性の世界への道を選ばずにはいられない。

そして、これはのち煌めくきら夜空よぞら錬金術士れんきんじゅつしと呼ばれる最強で最凶の錬金士の話である。

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