第2話「キャラバンと錬金術士」

◇今日は生憎と雨だった。外で遊べないのは残念だったが、ミミとジュゼが遊びに来てくれたので、退屈は免れそうであった。


「そう言えばさ、最近森の方から音がしない?」


話を切り出したのはミミだった。森の方へは大人達に進入を規制されてから一度も行っていない。心当たりがないが、その情報は物凄く気になる。


「音か…。しかし、あの森には騒音が出るような物は置いていなかったはずだが」


「うーん…なんだろね。でも昨日からずっと聞こえてるの」


「調べてみるか…?」


「どうしようかなぁ…。ねぇ、ミーリはどう思う…ってミーリ?」


ミーリはもう話を聞いてはいなかった。既に頭の中は、その音の正体、森への探索欲求、新しい冒険への好奇心と冒険心で満たされていた。

そんなミーリをみてジュゼは呆れたように溜め息を吐いた。


「…これは巻き込まれるパターンだな」


「そうだねぇ…これは巻き込まれちゃうね…」


気付いた時にはもうミーリは動きやすい服装に着替え準備万端の様子で二人を待っていた。その様子を見たミミはおずおずと尋ねる。


「えっと、ミーリ?もしかして、もしかするとだけどその森に行こうだなんて考えてるのかな…?」


「もっちのろんよ!そんな話を聞いたら気になるじゃん!きっと退屈な日常に神様が小さな奇跡をもたらしてくれた事に違いないよ!さ、行こう!」


しびれを切らしたようにミーリが急かすと二人は顔を見合わせて苦笑しつつもミーリに着いていくことにした。




◇大人が一日の作業を終えて、寝静まった夜。ミーリ達はこっそりと森へと進入していた。久しぶりに入った森は、何者かに伐採されたような跡が点々と残されていた。確かにミミの情報の通り、誰かがこの森にいる証拠だった。時間が夜というタイミングと合わさって、少し不気味な雰囲気を味わっているとミミが不安そうな顔でジュゼにしがみついた。


「? どうしたミミ」


「怖いんだよぉ…。夜に森に来たことなんてないんだから…」


「だからといって腕にしがみつくのはよせ、歩きづらいだろう」



「やだ!どうせミーリはどんどん先に行っちゃうんだから頼れる人いないんだもん!」


「だからといって腕を拘束されるのはいかがなものか…」


震えながら腕にしがみつくミミと思わず溜め息が漏れたジュゼを置いてミーリはどんどんと先へ進んでいった。雨が降った後の地面の水溜まりを躊躇なく踏み足が思い切り汚れるが、それを気にすることなく地を蹴った。気になる以前にミーリは、森を探索出来ることと、もしかしたら新しい発見があるかもしれないという期待で、頭の中はもうその事だけしか考えてはいなかった。それゆえ、二人の友の事を置いてきてしまった事も気付いてはいないだろう。

森探索の禁止令が出てからまだ一週間も経っていない。あの人工物があった場所もまだ鮮明に覚えている。記憶を頼りに迷うことなくその人工物があった場所まで着くと、そこはもうミーリが知っている近所の森とはかけ離れていた。


「…なに…これ」


何十の木が生い茂っていた人工物の周りは、巨大な荷車で占領され、薪にしようと思っていたのか、荷車のすぐ横には小さく加工された木が積み重なって立て掛けられていた。そして、なにより目に飛び込んだのは、鮮やかなオレンジ色のテントだった。ピンと固く張られたテントの内側からは光が漏れている。一瞬、恐怖心が脳内を支配したが、後から押し寄せる好奇心が恐怖心を打ち消した。恐る恐る忍び足でテントに近づき中を覗こうとした瞬間、テントの入り口から大きな影が、ぬっと現れミーリを覆った。


「きゃあああ!!」


「うわぁぁぁ!?」



ミーリの後を追って歩いていたミミとジュゼはミーリともう一人の叫び声が聞こえた瞬間、背筋に寒気が走った。


「ジュゼ!今の声ってミーリじゃない!?」


「間違いない、ミーリだったな…!今行くぞ!」




二人が現場へ駆けつけるとミーリと影は尻餅をついて呆然としていた。


「ミーリ!大丈夫!?」


「ミミ、ミーリを頼む。私が盾になろう」


ジュゼがミーリとミミの前に立塞がり油断なくもう一人の方を睨む。暗くてよく見えないが、体格からして男だと推測出来る。何をしてくるかわからない、もし怪しい動きを見せれば直ぐ様取り抑えることが出来るように見据える。

しばらく黙っていると男らしき人物が、正気に戻ったのか「よっこいしょ」と腰を上げた。


「………っ!」


拳に力を入れるジュゼ。それを感じとった男は慌てふためいた。


「うわわ!暴力は反対だ!僕は平和を望むよ」


「そんなこと簡単に信用出来ると思うか。貴様、何者だ?ここで何をしている」


ジュゼが凄まじい圧を掛けた。常日頃から剣術の鍛練を欠かさない彼女の気は相手を退かせるほど洗練されたものだった。


「いや別に何をしているって…。みたらわかるだろう?野宿だよ野宿。丁度、休める場所が合ったからここで寝ようと思ってたんだ」


ジュゼの放つ『気』をものともせず普通に会話する男をみてジュゼは、この男はただものではないと確信するも男の方はさしてこの状況を理解していないのか、はたまた女3人なぞに殺られる事などあり得ないと鷹をくくっているのか、余裕そうにミーリ達を眺めていた。


「先に言っとくけど僕はそこの女の子にはなにもしてないよ。むしろそちらが勝手に僕のキャラバンに入ってきたんだから」


「キャラバン…?」


「そう、キャラバン。僕は旅する巡回士ヴァンダラーにして公認錬金術士なのさ」


「公認…錬金術士…?なんだそれは…何かの称号か」


「ま、そういうことだ。僕の名はワイズ。キャラバンを率いてこの森に来た錬金術士だよ。以後お見知りおきを」





雨上がりの夜空には、未だに雲が覆っている。

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