ミーリのアトリエ  ~煌めく夜空の錬金術士~

ぼっち

第1話「退屈」

◇その日。ミーリは、自分以外に誰もいない屋根裏部屋で一人、本を読んでいた。

屋根裏部屋といえど、椅子やテーブル、ベッドに本棚といった実用品で埋め尽くされた快適な部屋であった。


生憎と今日は、彼女の親友であるミミとジュゼは教会の仕事だった為、いつもの屋根裏部屋で喋ったり遊んだりすることは出来なかった。退屈が嫌いなミーリにとって、これは非常につらいことである。なにせ、ミーリの住む街「アラステット」は、外来からの客を拒み、街だけの独自の文化を築き上げた結果、旅人は立ち寄るどころか、この独自の文化に恐れられめっきり来なくなり、ついには地図から消されてしまった。この秘境と化した街で唯一の楽しみといえば、数少ない友人達との話だけなのだった。それが無くなった今、ミーリは退屈という敵に立ち向かいながら、この苦境を凌ぐ為、小さな脳をフル回転させていた。


「本棚にある本は全て読み終わっちゃったし外に行こうにも何かあるわけでもない…。うわーん!やることないじゃーん!」


ミーリの独り言…もとい悲痛な叫びは誰に届くこともなく空へと吸収されていくのであった。



◇晴れわたる空を見てミミは大きく息を吸った。大自然の広がる「アラステット」は空気は澄んでいる。いつも教会の仕事の後にこうやって深呼吸をするのが、ミミの日課だった。


「うーん…今日もすごくいい天気で心が晴れ晴れするよ。そう思わない?ジュゼ」


ミミは横で欠伸をしていた剣士風の少女に語りかけた。少女は、「うーむ」と眉をひそめた。


「確かにそうだが…、流石に何年もこの空気を吸っていると鼻が慣れてきてな…」


「えー、そうかなぁ…。いつも新鮮な気持ちにならない?」


「それはミミだけだと思うぞ」


「えー」と頬を膨らませたミミを横目にいつもと変わらない日常に少し退屈さを感じていたジュゼは、先日起こった不思議な「事件」の事を思い出していた。


◇数日前、ミーリとミミとジュゼの三人は、すぐ近くの森でいつもの小さな冒険をしていた。無論、三人とも幼少の頃からこの森で遊んでいた為、もうすっかり探索しきっていた。それでも森以外に退屈を凌げて、なおかつ体を動かせる所といえば、森しか無かったので仕方なくそこで、探索ごっこをしていたのだった。

いつもなら木漏れ日に綺麗だねとか、緑がいいねとか当たり障りのない会話で終わるはずの探索が、今回は一つの小さな出来事が起こった。


「あれ…、この森にこんな高い棒なんて建ってたっけ」


ミーリが指差す先には、背の丈まで延びる人工物らしき細長い何かが建っていた。形状は、縦長で、先端には赤い光が漏れ出していた。何かのモニュメントかと思ったが、いつも見知っている森にモニュメントが出来るなんて聞いたこともない。ミーリ達は、急いで帰って大人達に聞いたが、誰一人あの人工物を知るものは居なかった。結局、森近辺には近付かないよう規制が入り、もう森には行けなくなってしまった。


確かに謎の人工物ではあったが、別段危険な訳でもないのだが、森への進入に規制がかかったことは、ミーリにとっては大きな打撃になってしまった。退屈を嫌う彼女にとって、森の探索だけが楽しみだった為にミーリは大人達に抗議するも聞き入れては貰えなかった。

そうして、自分達も遊ぶ場所も無くなってしまいやることもないので、教会の仕事を手伝ってはいるのだが…。


「まぁ、ミーリは単純な作業を嫌うからなぁ…」


ミーリの仕事嫌いに呆れつつ、そんなことをぼんやりと考えているとミミが服の裾を引っ張った。


「ジュゼ、早くミーリのところへ行こ?多分、退屈で倒れてるかも」


確かにミーリならありそうだなと心の中で想像しつつミミと共にミーリの家へと急ぐのであった。










◆「ようやくチエックポイントか。まったく…キャラバンは扱いに困るね」


夜の冷たい空気の中、湖を掻き分けて砂浜に着いた一人の男がポツリと呟いた。男は旅慣れた服装、背中には巨大な荷物を背負った格好をしていた。

砂浜を抜け森へと入っていく。ここ近辺の地形はあまり得意ではないが、これでもかなりの土地を歩いている。地図無しだって構わない。その自信こそ、キャラバンを率いる彼の強みなのだ。しかし、キャラバンとはいえ、団員は男一人。荷物もそれほど大きくはない。けれど一つだけ荷物の中に一際異彩を放つのが、巨大な釜だった。まるで、「錬金術士」が扱う、そんな不思議な道具をもった男は、この秘境の街へと足を運んだ。


退屈を嫌う少女、ミーリ・アルトルイユ。その友人のミミ・クラウゼアにジュゼ・マーキン。彼女達の小さな箱庭は、この男の来訪により更なる世界を開拓することをまだミーリ達は知るよしもないのであった。


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