7.悪夢

 再びサタンクロスは夢を見ている。

 暗闇に一人佇んでいる自分。


 夢の中ではセンサーも役に立たないのか、ここがどこかも、周りに何があるかも分からない。


 ふと、遠くから声が聞こえてくる。

 聞いたことのある声。前回に見た、泣いている子供に違いなかった。


『あれは一体誰だ?』


 今度こそ正体を確かめようと、サタンクロスは泣き声に向かって歩き始める。

 漆黒の中を一歩一歩手探りで前へ。


 険しい山道をかき分けて歩くような疲労感と共に、彼は一心に夢の中を進んでいく

 どのくらい歩いたのだろうか。

 視線の先にぼんやりと光る何かが現れたことに気づく。


 それは歩くたびに徐々に大きくなり、泣き声もはっきりと響いてくる。


『あの子だ』


 直感し、進む足を速める。

 少しずつ、前回は詰められなかった距離が、今回は埋まっていく。

 やがて、蹲る子供の元に辿りついた時、初めて彼女が少女であることに気づく。

 

『何故泣いている?』


 サタンクロスは慟哭する少女を見下ろし、問いかける。

 が、返事は帰ってこない。聞こえていないのか、答えたくないのか。


 サタンクロスは跪くと、少女の肩に手を伸ばし


『……!?』


 その手が砕け散る。手だけではない、足が、身体が次々に砕けて消え、現実と同じように首だけの姿となる。

 思わず、言葉を失うサタンクロス。


 そこで、ようやく少女が少し顔を上げる。

 二人の視線が交錯し、彼女は唇を微かに震わせる。


《み……で》


『一体、何を言っている?』


《お願い……》


『君は誰だ?』


《お願い……、見ないで》





 サタンクロスは目を開ける。


 視界の隅に、エネルギーの残量が残り少ないことを示すEMPTYの文字が点滅している。

 夢から現実へ戻ったことに気づくのに、数秒を要した。


 後頭部の充電コードが抜けている。

 スリープモードへ入る際に、美咲が繋いでいたはずだった物だ。


 このままでは数分と持たず、強制シャットダウンを迎えることだろう。

 かといって、身動きの取れない今の自分に出来ることはない。


 仕方なく、寝ているはずの美咲に、恨み言の一つでも、とサタンクロスは考える。

 その時だった。


 ぎしり、ぎしりと何かが軋むような音に気づく。

 それに合わせて、少女の呻くような低い息づかいが耳に入ってくる。


「うっ……ぐ……」


(美咲……?)


 明らかに彼女の声だった。

 苦悶に耐えるような、押し殺した声。


 彼は状況を確認するために、暗視カメラを作動させようとし

 ウィ……ン、という微かな作動音が、暗闇に響く。


「ん? 何だ? 今の音は」


 不意に、別の男の声が聞こえる。

 姿は確認出来ない。電力が足りなかったのであろう。カメラは作動しなかった。


(この声は……)


「……ふむ。気のせいかな」


 声の男はすぐに興味を失ったようだった。

 というより、早く『作業』を再開したかったのかもしれない。


「……ところで、どうしたんだい、美咲。今日はいつになく情熱的じゃないか」

「そんなこと……ない」

「パパに隠し事は出来ないんだよ。ほら、もうこんなになって」

「……」

「お前は本当に素晴らしいよ、美咲。こうして、何度抱いても飽きが来ない。パパは鼻が高いぞ」

「……やめて」


 男の荒い息づかいと、少女の呻き。

 その意味が分からない程、サタンクロスは無知でも純粋でもない。


(……醜悪だな)


 映らない視界の向こう側で繰り広げられているであろう光景に、サタンクロスは苛立ちを覚える。


「ほら、動くからね」


 先程から聞こえていたのは、ベッドが軋む音だった。


 もしかしたら、美咲は見せたくなかったからこそ、コードを引き抜いたのかもしれない。

 電力切れによる強制シャットダウンの寸前、目の前にいるはずの少女の懇願が聞こえた気がした。


「お願い……見ないで」

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