7.悪夢
再びサタンクロスは夢を見ている。
暗闇に一人佇んでいる自分。
夢の中ではセンサーも役に立たないのか、ここがどこかも、周りに何があるかも分からない。
ふと、遠くから声が聞こえてくる。
聞いたことのある声。前回に見た、泣いている子供に違いなかった。
『あれは一体誰だ?』
今度こそ正体を確かめようと、サタンクロスは泣き声に向かって歩き始める。
漆黒の中を一歩一歩手探りで前へ。
険しい山道をかき分けて歩くような疲労感と共に、彼は一心に夢の中を進んでいく
どのくらい歩いたのだろうか。
視線の先にぼんやりと光る何かが現れたことに気づく。
それは歩くたびに徐々に大きくなり、泣き声もはっきりと響いてくる。
『あの子だ』
直感し、進む足を速める。
少しずつ、前回は詰められなかった距離が、今回は埋まっていく。
やがて、蹲る子供の元に辿りついた時、初めて彼女が少女であることに気づく。
『何故泣いている?』
サタンクロスは慟哭する少女を見下ろし、問いかける。
が、返事は帰ってこない。聞こえていないのか、答えたくないのか。
サタンクロスは跪くと、少女の肩に手を伸ばし
『……!?』
その手が砕け散る。手だけではない、足が、身体が次々に砕けて消え、現実と同じように首だけの姿となる。
思わず、言葉を失うサタンクロス。
そこで、ようやく少女が少し顔を上げる。
二人の視線が交錯し、彼女は唇を微かに震わせる。
《み……で》
『一体、何を言っている?』
《お願い……》
『君は誰だ?』
《お願い……、見ないで》
◇
サタンクロスは目を開ける。
視界の隅に、エネルギーの残量が残り少ないことを示すEMPTYの文字が点滅している。
夢から現実へ戻ったことに気づくのに、数秒を要した。
後頭部の充電コードが抜けている。
スリープモードへ入る際に、美咲が繋いでいたはずだった物だ。
このままでは数分と持たず、強制シャットダウンを迎えることだろう。
かといって、身動きの取れない今の自分に出来ることはない。
仕方なく、寝ているはずの美咲に、恨み言の一つでも、とサタンクロスは考える。
その時だった。
ぎしり、ぎしりと何かが軋むような音に気づく。
それに合わせて、少女の呻くような低い息づかいが耳に入ってくる。
「うっ……ぐ……」
(美咲……?)
明らかに彼女の声だった。
苦悶に耐えるような、押し殺した声。
彼は状況を確認するために、暗視カメラを作動させようとし
ウィ……ン、という微かな作動音が、暗闇に響く。
「ん? 何だ? 今の音は」
不意に、別の男の声が聞こえる。
姿は確認出来ない。電力が足りなかったのであろう。カメラは作動しなかった。
(この声は……)
「……ふむ。気のせいかな」
声の男はすぐに興味を失ったようだった。
というより、早く『作業』を再開したかったのかもしれない。
「……ところで、どうしたんだい、美咲。今日はいつになく情熱的じゃないか」
「そんなこと……ない」
「パパに隠し事は出来ないんだよ。ほら、もうこんなになって」
「……」
「お前は本当に素晴らしいよ、美咲。こうして、何度抱いても飽きが来ない。パパは鼻が高いぞ」
「……やめて」
男の荒い息づかいと、少女の呻き。
その意味が分からない程、サタンクロスは無知でも純粋でもない。
(……醜悪だな)
映らない視界の向こう側で繰り広げられているであろう光景に、サタンクロスは苛立ちを覚える。
「ほら、動くからね」
先程から聞こえていたのは、ベッドが軋む音だった。
もしかしたら、美咲は見せたくなかったからこそ、コードを引き抜いたのかもしれない。
電力切れによる強制シャットダウンの寸前、目の前にいるはずの少女の懇願が聞こえた気がした。
「お願い……見ないで」
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