羨ましい君が
bee泥
反転
- 羨ましい君が -
ある朝目が覚めたら全てが反転した世界に俺は放り出された。文字も日本語だけど全部逆になって読みずらい。俺の友達、家族も反転してた。ホクロの位置とか、利き腕も反転してた。だから殆どの人が左利きになっていた。一番厄介なのは性格が反転してた事。俺の家族は仲がよかった方だと俺は思ってる。だけどこの世界の家族はどこかよそよそしかった。俺を避けているかのような挙動も見受けられた。友達に連絡を取ろうと携帯も覗くが今まで仲が良かった奴の名前が無く、逆に俺の嫌いな奴の名前だけが載っていた。
だけど俺はなんともなかった。普通に右利きだし何も変わってない。
逆に鏡の中を覗いてみる。そこには俺のよく知っている世界があった。鏡の中の俺は勿論反転していたが文字や雰囲気がとても懐かしく感じた。
そこで俺は鏡の中の世界に来てしまった、と仮定することにした。
幸い、日付を確認してみると休日だったので外を歩いてみようという気が起こった。俺はいつも外に出る時に着ているに着替える。デザインは確かに俺が買ったものだったが、やはり逆だった。ボタンの位置も逆になっていたので着るのに少し戸惑った。
下に行くと必ず家族に何かしら話しかけられたりするのだが、それも無い。それどころか誰も話していない。ただ仕方なく一緒に居るかのような態度だ。さっき、俺は何も知らずにいつもの様に話しかけたら冷たい視線を浴びせられた。親しい人から向けられる軽蔑の様な感情は俺の心にグサリと突き刺さった。俺はあまり家族の目に触れないように、金目の物を盗み出した泥棒のような気持ちで家を飛び出した。
外は看板の文字や地形が反転こそしていたがそれ以外はそのままだった。しかしよく知っているはずなのに見知らぬ地を歩いている感覚を覚えた。
そのまま特に当てもなく歩いていると名前を呼ばれた。振り向くと、こっちの携帯の履歴の一番上にあった、俺の一番嫌いな奴が立っていた。しかもこっちに向かってきている。こいつは俺のダメな所ばかり見つけてきては説教の真似事をする、面倒な奴なのだ。そのくせに自分の短所は棚に上げ直そうともしない。そんな奴がこちらに笑顔を向けて近づいてくる。距離が縮まるごとに寒気がして鳥肌が全身を包む。そういえば、この前も服のセンスが悪い、と貶されたばかりだった。
「よっ!今日はいい天気だよな〜。今暇か?どっかで遊んでかね?」
思わず誰だ、そう思ってしまった。天気なんか褒める人だったか?初めて見る何かを褒めるそいつの姿にかなり驚かされた。そっか、性格が反転するからこっちは良い奴になっているという訳か。こちらは何とも言えずに半ば誘拐される形で店を点々とした。その間、俺はアイツの嫌味たらしい言葉を一度も聞かなかった。それどころか良い所を見つけては褒めていた。
「お前、なんか今日は明るいな!なんかいい事あったのか?良かったな!」
これがあいつに驚かされた言葉ランキング一位だ。
しばらくして日が暮れそうだといってお互い別れた。俺の心の中は複雑な思いでいっぱいだった。確かにこっちのアイツは良い奴なのかもしれない。今日一日過ごしてみてそれをひしひしと感じた。しかし疲れた。こっちのアイツと話す度にこれまでに俺が知っているアイツからされた侮辱や軽蔑が脳裏にちらついて仕方がなかった。
帰宅しても相変わらず静かだった。夕食をとってはいるが、黙々と食べ進めていた。まるで刑務所の食事風景のようだった。
そそくさと部屋に戻り今日一日を振り返った。過ごせなくもないが、ずっと胸の内に穴が空いたような気持ちだった。今まで仲が良かった奴とは連絡すら取れず、逆に仲が悪い奴が良い奴になって一緒に遊ぶし。一番辛いのは家族仲が冷えきっていることだ。俺の知り合いでも家族仲が悪い人は居たがそのような話を聞いてもどこか他人事のように聞き流していたが今日の事で身が切られる思いを味わった。
一人暗い部屋で今日の事を反芻してこれからどうしようか悶々としていると急に鏡が見たくなった。あの鏡の中には俺の見慣れた、懐かしい世界が待っていた。
殆ど床を這うようにして鏡の前に行き、食いつくようにして見た。僅かな視界ではあったがそこにはきちんと俺の世界が存在していたのだ。
「どうだ、俺の世界は?」
静寂を打ち破るが如く突然低い男の声が部屋に響いた。あまりにも急な出来事だったので思わず鏡から飛び退いて慌てて部屋中を見回した。しかし人の影などは無かった。声の主を探そうと身体を起こそうとする。
「よう。」
また聞こえた。視線をゆっくり移動させてみる。全身にある神経が目に集まって目だけが活発に活動を続けていた。
見つけた。この部屋にある異物。その声の正体は鏡の中の「オレ」。
確かに俺は今鏡の前に居るが鏡の中のオレは俺の前でニタニタと笑っていた。すると鏡の中のオレは勝手に姿勢を変えて床に胡座をかいて座った。
「初めましてだな」
尚もオレは薄気味悪い笑みをはっつけて俺に話しかけている。
「お、お前は誰なんだ......?」
「失礼だなあ。オレはお前だよ」
鏡の中のオレは勝手に話し続ける。意思疎通もしてる。その奇妙な現象を俺はただ黙って聞いていることしか出来なかった。
「入れ替わってくれて、ありがとう。こっちは良い所だ、あんなに母親が優しいものだったとはね。知らなかったよ。これで残りの人生楽が出来そうだ。後はこっちのことはオレに任せてそっちはそっちで頑張ってくれ。ずっと羨ましかったんだ、羨ましくて......それじゃあね」
それだけ言い残すと鏡の中のオレは消え、いつものようになり再び俺は一人になった。目の前に写っているのは正真正銘俺だった。
オレが俺の居た世界にいて俺がオレの居た世界にいる。そしてオレはとても楽しそうに笑っていた。恐らく俺の知る世界の住人としてこのまま過ごしていくのだろう。だとしたら、俺は?俺はどうなる?急に寒気と何かが込み上げる感覚に襲われる。俺はこのまま家族に冷たくあしらわれ、嫌いな奴と友達ごっこをしなくちゃいけないのかよ!こっちのオレとして!
帰りたい、帰りたい。元の世界に、向こう側に!だがどうやって?今までは幸せに過ごしていた俺にはもう、何も、分からない。
羨ましい君が bee泥 @beedorodoro3
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