『未来から来た男、を自称する男』その3





「……どうしたんスか?」


 資料を握ったまましばらく黙り込んでいた俺を、村西が怪訝そうな顔で覗き込んできた。


「ああいや、別になんでもない。ちょっと考え事をしてたんでな」俺は言った。「しかし、この事件はこの自称霊能力者に騙されてた過去のクライアントは全員に動機があると言える。容疑者が多すぎて絞るのは難しいんじゃないかと思うんだがな」


「ええ、自分もそこは思ったんスけど」村西は言った。「この事件、死因がちょっと気になったんスよね」


「……というと?」


「アイスピックか何かで首を刺して殺すって、実際のところ相当難易度高くないっスか?」村西は言った。「検死結果によると、一刺しで急所を貫いて即死させたって話っスけど、これって普通の人間にはまず無理っスよね」


「まあ、確かにそれは言えてるな」俺は言った。


「それで考えたんスけど」村西は言った。「これってプロの仕業なんじゃないかと思うんスよ」


「プロ?」俺は言った。「そりゃあれか? 殺し屋がやったとでもいうのか?」


「この事件、被害者と付き合いがクライアント達はは経済的に裕福な人が多いんスよ」村西は言った。「その中の誰かが、殺し屋に依頼したってのはありうると思うんスよね」


「お前なあ」俺は言った。「殺し屋なんて本当にいると思ってるのかよ」


「いないんスか?」


「そういうのはせいぜいヤクザの鉄砲玉みたいなのが関の山でな」俺は言った。「定期的に殺しを請け負って、何人も殺った上で、それで捕まらずにいられるヤツなんていねえって」


「うーん、そういうもんなんスかねえ」村西は言った。「ただ、個人的にかなり怪しいと思ってるヤツが一人いましてね」


 そう言うと、村西は俺の手元の資料を何枚かめくって、一人の女の人物情報のページを指差した。


「この、木谷寧々きたにねねって人なんスけど」

「この女がどうしたんだ?」

「この人、事件当日に、現場になった被害者の自宅近くの道路でスピード違反で捕まってんスよ」

「それがどうかしたのか?」

「ちょっと調べてみたんスけど、仮にこの木谷があの自称霊能力者を殺して、そのまま近くに停めてあった車で逃げたとすると、大体この時間にこの道を通っててもおかしくない計算になるんスよね」


「おいおいおい」俺は言った。「そんなんで容疑者扱いするなら、似たようなヤツは幾らでもいるんじゃないのか?」


「いや、それがですね」村西は言った。「この木谷なんスけど、過去に別の殺人事件で重要参考人になってるんスよ」


 そう言うと、村西はまた俺の手元の資料を勝手にめくった。


「この事件なんスけど、覚えてますかね? もう二年くらい前の事件なんですが」


 その事件というのは、ある広告代理店社員の男が殺された事件だった。

 これも、当時マスコミで幾らか話題になった事件だ。


 その被害者の男が、殺される少し前に準強姦容疑で被害届を出されていた人物だったからだ。

 詳しい背景を説明すると以下のようになる。

 ある女子大生が、就職活動の一環として、大学のOBでありかつ就職先の第一希望である広告代理店に務めている男と面会の約束をこぎつけた。

 面会し、仕事や職場の情報などの話をした後、男のほうが女子大生を飲みに行こうと誘った。

 女子大生は誘いに応じたのだが、その飲みの席で大量の飲酒を促され、断りきれずに飲み続けた女子大生は前後不覚になるレベルの泥酔に陥る。それから気がつくと、ホテルでその男と裸で一緒にベッドに入っていた、という顛末だ。


 で、その女子大生は準強姦容疑で被害届を出してきたわけだが、検察は「嫌疑不十分」ということで不起訴にした。


 このことがメディアに取り上げられ、その広告代理店社員の男は世間からのバッシングに晒されることになった。


 そしたらその男のほうが今度は「あの性交はあくまで同意の上のものだった」と主張し、にもかかわらず性犯罪者のレッテルを貼られて社会的信用を損なわれたとして、相手の女子大生相手に民事訴訟を起こした。これでますます騒ぎが大きくなった。


 そして、その民事裁判が始まる直前のタイミングで、その男は自宅であるマンションの地下駐車場で死体として発見されることとなった。


「ああ、これな」俺は言った。「覚えてるよ。結局犯人が特定できなかったんだよな」


 この事件も、自称霊能力者殺しと同様に、容疑者が多すぎて絞りきれないという類のヤマだった。

準強姦被害にあった女子大生の家族や友人は勿論のこと、メディアに取り上げられた関係で、男の方にはSNSを通じて大量の殺害予告が寄せられていた。

また、この男はどうやら過去にも同じような手口でOB訪問にやってきた女学生を手篭めにしていたことが幾度となくあったらしく、後から“実はわたしも”と声を上げる人物が何人かいた。

そうした他の被害にあった女性たちとその家族・友人・知人まで含めると、容疑者リストは検証不可能なレベルにまで膨らんだ。


 ただ、この事件に関しては目撃証言があった。


 事件が起きた時刻、現場となったマンションからサングラスとマスクで顔を隠した大柄な男が慌てた様子で飛び出してきて、入口近くに停まっていた黒のハイエースに飛び乗って走り去っていくのを見た、という証言が民間から寄せられたのだ。


 警察はその証言を軸にして捜査を進めていったのだが、結局犯人を特定することはできなかった。


「当時の資料を確認してみたんスけど」村西は言った。「このときの目撃証言を提供したのが、この木谷寧々なんスよ」


「それが今回の自称霊能力者殺しとどう繋がるんだ?」


「ほら、よく見てくださいよ。ここっスよ」


 そう言って、村西は俺の手元の資料から、広告代理店社員殺しのデータの「死因」の項目を指差した。



「この事件も、んスよ」







                 ◆◇◆






 俺は渡された資料を詳細に検分し、村西に言った。


「つまりあれか? お前の考えでは、この広告代理店社員殺しは木谷寧々の犯行で、目撃証言についてはまったくのデタラメだと?」


「そうっス」


「で、自称霊能力者殺しの方も同じように木谷の仕業だと?」


「そうっス。さすが矢井田さん、話が早いっスね」


「いやいやちょっと待てよ」俺は言った。「いくらなんでも強引すぎじゃないか?」


「そうっスか? 充分あり得ると思うんスけど」村西は言った。「目撃証言であがった黒のハイエースだって、結局特定できなかったんスよね?」


「そうだな」俺は言った。「ナンバーとかまでは覚えてないって話だったからな」


「そうなるとやっぱ嘘くさくないスか?」村西は言った。「捜査を撹乱するために流した偽情報で、そもそも存在してないって可能性なくないスか?」


「じゃあお前の言う通りこの木谷が広告代理店社員殺しの犯人だとしてだな」俺は言った。「動機は何なんだ?」


「ですから、この木谷がなんスよ」村西は言った。「ガイシャから性犯罪被害にあった女の子やその家族から依頼を受けて殺ったんスよ」


「資料によると木谷の職業はホテルの清掃員となってるぞ」


「それは表向きの顔ってやつっスよ。昼はホテルの清掃員、そんで夜は殺し屋なんスよ」


 俺は顔を手で抑えて、それからあからさまに大きなため息をついた。


「村西、お前さあ、もしかしてアクション映画とかよく見るのか?」


「ええ、好きっスけど」村西は言った。「なんでわかったんスか?」


「お前、映画の見すぎだよ」俺は言った。「殺し屋なんていないんだって。ましてや女の殺し屋なんて、いるわけないだろ」


「でも同じやり方で殺されてる二つの事件に重複して関わってるんスよ」村西は言った。「充分怪しくないスか?」


「広告代理店社員殺しの方はともかく、自称霊能力者殺しに関しては事件当日に近くの道路を車で走ってたってだけだろ?」俺は言った。「“事件に関わってる”なんてレベルの話じゃねえだろ」


「でも班長に言ったら“確かに怪しいから聞き込みに行ってこい”って言われたんスけど」


「えっ」俺は言った。「班長にも話したのか?」


「はい」村西は言った。「どっちの事件も、現状他に目ぼしい容疑者がいないし、追求してみる価値はあるって」


「まあ。そこまで言うんなら」俺は言った。「調べてみりゃいいんじゃないか? 俺はまあ、無駄骨だと思うがね」


「ああ、それでですね」村西は言った。「班長から、矢井田さんと一緒に行けって言われたんスけど」


「なんで俺なんだ?」俺は言った。「この自称霊能力者殺しの事件なら、もっと熱心に追ってるヤツがいただろ。北田とか坂井とかよ」


「この二年前の広告代理店社員殺しの担当班に、当時矢井田さん所属してましたよね?」村西は言った。「この事件の担当班にいた刑事で今うちの班にいるのって矢井田さんだけなんスよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――



『未来から来た男、を自称する男』その4 に続く。


(次回更新→2020/12/24  21:00)

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