『未来から来た男、を自称する男』その2
それからすぐに、その男を取調室に連れ込んで、扉を閉めるやいなや俺は言った。
「お前、あの犯人グループとはどういう関係だったんだ? あぁ?」
俺はかなり強めに圧を掛けるような口調で詰問したが、あの男は涼しい顔をまるで崩そうとしなかった。
「一昨日の現金輸送車襲撃事件の犯人グループのことをおっしゃってるんですか?」玖島という男は言った。「でしたらわたしとは何の関係もありません」
「じゃあ何でお前はあの犯人グループの逃亡先を昨日の時点で知っていたんだ?」
「だから昨日も言ったじゃないですか」玖島という男は言った。「テレビで見たんですよ。本日、十二月七日の朝のニュースで」
「今日の朝のニュースで報道された情報を何で昨日の時点で知ってたんだって聞いてんだよ」
「あれ? もしかしてまだ信じてもらってないんですか?」玖島という男は言った。「わたしが未来から来たということを」
とにかくこの調子。
玖島という男は、昨日と同じようにごく自然と、ごく平然とした態度で俺に告げてきた。
自分が、未来から来たのだと。
「ああ、そうだったな。未来から来たんだったなお前さんは」俺は言った。「ちょいと一つ、俺にお前さんの使ってるタイムマシンを見せてもらえるとありがたいんだが」
「ああ、そういう装置のたぐいは使っていません」玖島という男は言った。「わたしの場合はですね、過去の自分に意識を遡行させるといったやり方を使っています。つまりですね、過去のある時点の記憶を鮮明に想起することで、その過去の時間軸に意識を飛ばすようにしてですね」
俺はそいつの目の前で拳を机に叩きつけた。
「お前は何が目的なんだ?」俺は言った。「何が目的で俺に接触してきた? 何が目的でこんな話を俺にしているんだ?」
詰め寄る俺に、奴は縮み上がるどころか逆に笑みを浮かべてきた。
「ようやく本題に入れそうですね」
そう言って奴は懐から一枚の名刺を取り出した。
「そういえばあなたにはまだ正式に自己紹介をしていませんでしたね。申し遅れましたが、わたしはこういうものでして」
差し出された名刺にはこのような名前が記されていた。
【
それと、このような肩書がそこに載っていた。
【 過去作り変え師 】
「あなたに接触した目的はですね、ある情報をあなたに伝えるためです」玖島という男は言った。「厳密に言えば、それによってこの過去を作り変えることというのが正確ではありますが」
「その情報ってのが」俺は言った。「昨日話していた現金輸送車襲撃事件の犯人の逃亡先なのか?」
「ああ、それは違います」玖島という男は言った。「あれはあくまで、わたしが未来から来たということをあなたに信じてもらうために話したものです。本題ではありません」
「じゃあ本題ってのは何なんだ?」
「わたしは今から六日後、十二月十三日から来たのですが」
玖島という男は言った。
「矢井田形春さん、あなたは十二月十二日の夜に、死体となって発見されます」
◆◇◆
ああ。
確かにヤツはそう言った。
“あなたは十二月十二日の夜に、死体となって発見されます”と。
信じたかって?
まさか。
信じないだろ普通。
当たり前だが、未来から来たっていう話だって鵜呑みになんぞしていなかった。
向こうの方もそれは察せられたようだった。
「どうやらまだ信じてもらえてはなさそうですね」
玖島はオーバーな動きで“やれやれ”といったニュアンスのジェスチャーをしながらそう言った。
「いつもここで苦労するんですよ」玖島は言った。「わたしの言ってることが真実であると、なかなか信用してもらえない」
「お前、今までにもこんなこと何度もやってるのか?」
「ええ、もちろんです」玖島は言った。「それがわたしの責務だと考えております」
俺は玖島から渡された名刺の【過去作り変え師】という記述を改めて見た。
「つまりあれか、お前さんは俺の死を回避させるためにわざわざこうして、未来から時間を越えて情報の提供にやってきてくれたってわけか」
「ええ」玖島は言った「おっしゃるとおりです」
「そりゃまた随分とありがたい話だな」俺は言った。「俺がもし過去に戻れる力を持ってるんなら、そんなことなんかしないで競馬や競輪で大金を稼ぐのに使うがな」
「そういうことは」玖島は言った。「もう散々やったんですよ」
俺はヤツの目の前で名刺を破り捨ててやろうかと思ったが、名刺の裏面に電話番号とメールアドレスが書いてあることに気づき、思いとどまった。
こいつの正体はまるでハッキリしないが、犯人グループの逃亡先を知っていた以上、あの現金輸送車襲撃事件の犯人グループとは何らかの繋がりがある可能性は考えられる。
今後のことに備えて、これは手がかりとして残しておいたほうがいい。
俺は名刺を自分のポケットに仕舞った。
「仮にお前の言ってることが本当で、お前が人が死ぬ運命を回避するために時間を越えて人を助ける活動に従事しているのだとしたら」俺は言った。「今頃この世界からは殺人事件というものは無くなってるんじゃないのかね」
俺の言葉に、玖島はいかにも“痛いところを突かれました”といったように額を手で抑えて天を仰ぐような動作をした。
「それについては、わたしの力不足を痛感しています」
玖島は言った。
「わたしに救える可能性がある人命はごく限られているからです。まず第一に、わたしから接触することが可能な人物でなければならないからです」
俺が黙っていると玖島は一方的に話を続けた。
「もしわたしが、新聞やニュースなどで殺人事件の情報を知ったとして、その被害者がどこの誰であるということがハッキリ記されていて、かつわたしから接触ができそうな人物でなければ、わたしとしては過去に戻った所でその人物に話を伝えることができません。そういった人々の死に対して、わたしは限りなく無力です」
「じゃあ俺の場合はどうだったんだ?」
「わたしはあなたの死を十二月十三日の朝刊で確認したのですが」玖島は言った。「そこにはこう書いてありました。“警視庁刑事部捜査第一課所属の矢井田形春刑事(33)が、昨夜死体となって発見された”と」
「警視庁刑事部捜査第一課所属」俺は言った。「そこが決め手だったわけか」
「ええ、その通りです」玖島は言った。「勤務先がそこならば、接触が可能であると考えました」
つまり、玖島が言うにはこういうことだ。
玖島は十二月十三日の朝に、新聞で俺が死ぬという情報を知り、過去へ飛んだ。
そして十二月六日の朝に警視庁の庁舎まで赴いて、受付でこう告げた。
“自分は、例の現金輸送車襲撃事件の犯人の逃亡先を知っている。その情報を提供したいが、その相手は警視庁捜査一課所属の矢井田形春刑事を指名する”と。
こうすることで、玖島は俺と接触して話ができると考えた、というわけらしい。
「わたしが十三日の朝刊で確認した内容によりますと」玖島は言った。「矢井田さん、あなたは十二月十二日の夜にフェニックスタワー田端というマンションの地下駐車場で死体となって発見されたということでした。もしかしてご自宅でしょうか?」
「いいや」俺は言った。「田端なんて、住んでもいないし、行ったこともない。これから行く予定もない」
「ご自宅等でないなら、しばらくはそこには近づかないようにしてください」玖島は言った。「もし、通り魔的な犯行であれば、現場に行かない、というだけで死を回避することが可能です」
ですが、と玖島は付け加えた。
「もし通り魔的な犯行ではなく、明確にあなた個人を狙ったものだったとしたら、当日に現場に近づかないというだけでは回避できない可能性もあります」
つまり、玖島が言うには、誰かが俺に殺意を持っていて、本気で俺の殺害を狙っているとしたら、十二月十二日の夜に殺されなかったとしても、また別のタイミングで殺されるかもしれない、ということだった。
「ですので、あなたに個人的に恨みを持っている人物がいるとしたら、まずその人物を特定した上でしかるべき対処をしていく必要があります」玖島は言った。「そういった人物に、心当たりはありますか?」
「そういう心当たりなら数え切れないほどいるな」俺は言った。「長いこと警察やってりゃ、ワルどもの恨みなんて幾らでも買うことになるからな」
「うーん、そうなると犯人を絞り込むことはかなり困難ですねぇ」
玖島は深刻に悩んでいるような様子で、口元に手を当てて何かを考え込むような仕草をした。
俺はこの男が何者なのか、この時点で全く判断がつかなくなっていた。
嘘をついているとか、他人を騙そうとしているという素振りは全く感じられない。
頭がイカれているにしては、話しぶりは妙に理論立っている。
現金輸送車襲撃事件の犯人グループと繋がりがあるとしたら、そもそも自分から警察に接触してくる理由がまるで思い当たらない。
……じゃあ、こいつの言っていることは全部本当ということなのか?
本当に未来からやって来て、本当にただ善意で俺に警告を与えに来たというのか?
いやいや。
まさか。
俺は自分の頭に浮かんだ考えを振り払った。
そんなことあるわけがない。
こいつは単なる妄想に取り憑かれた異常者。そう考えるのが一番妥当だろう。
現金輸送車襲撃事件の犯人グループの逃亡先を知っていた点については謎だが、もしそこと繋がりがあるとしたら、調べてみればすぐにわかる。
俺はそう結論づけて、もうさっさと話を切り上げようと思い始めた。
どうやって話を終わらせてお引取り願おうかと考えていたら、向こうの方から話を締めてきた。
「おっと、もうこんな時間ですか」玖島は言った。「そろそろ次の現場に向かわないとなりません。退出の許可を頂いてもよろしいですか?」
俺が首肯すると、いやあ、もう少し、あなたを狙っている人物について絞り込めればよかったのですが……と心底申し訳なさそうに俺に謝罪しながら玖島は席を立った。
「とりあえずですね、矢井田さん。あなたは十二月十二日に田端周辺には決して近づかないよう、そこだけはくれぐれもご注意をお願いします。いいですか、必ずですよ」
俺は「わかったわかった」と言ったが、そう返事した直後にはもう、それらの情報は頭の中から忘れ去られていた。
「では、失礼します。」
そそくさと取調室から退出しようとする玖島に、俺は何の気なしに言った。
「さっきからずっと、俺が殺されるという前提で話をしているようだが、俺の死因は他殺で確定しているのか?」
扉の間際で、玖島が振り返った。
「ええ、他殺で間違いないと思います」玖島は言った。「アイスピックか何かで首を刺されて死亡していた、と記事に載っていましたので」
アイスピックか何かで首を刺されて死亡していた。
その言葉を聞いたとき、俺は息を呑んだ。
何も言わなかったが、動揺が顔に出たのかもしれない。
玖島がその赤ん坊のような顔をこちらに近づけながら言った。
「もしかして、何か心当たりがありましたか?」
俺が「いや、別に」と言うと、玖島は何呼吸か間を置いた後、「そうですか」と言った。
そして、俺の前から去っていた。
◆◇◆
それから取調室を出て自席に戻ると、村西が顔に汗を浮かべながら駆け寄ってきた。
「すんません、矢井田さん。あの玖島っていう男、今日は帰ってくれって言ったんスけど全然言うこと聞かなくて」
俺は「別にいい」と言ったが、その後も村西は一分くらい俺に平謝りを続けた。
「ところで、これ確認してもらってもいいっスか?」
ようやく謝罪を終えてくれた村西が、何かの書面資料を差し出しながら俺に言った。
「捜査中の事件について容疑者をリストアップしてみたんスけど」
「どの事件のだ?」
「ほら、あの二週間前にあった、自称霊能力者が殺されたやつっス」
その事件は、当時メディアでも少し話題になったのでもしかしたら聞いたことがあるかもしれない。
“死者と話ができる”と銘打って商売をしていた自称霊能力者が自宅の玄関先で殺されたという事件だった。
その被害者は自分の“力”を使って、死んだ親やら友人やらともう一度話がしたいというクライアントたちから多額の報酬と引き替えにその望みを叶えてやっていた。
クライアントから話を聞き、それから“あなたの言葉に、死んだ何々さんはこう言ってますよ”と伝える。
どうしてそれでクライアント側は納得できるのか俺にはさっぱりわからんのだが、ともかくそんなようなやり取りをするだけでクライアントから大金をせしめているという胡散臭い人物だった。
クライアント側は、そいつのおかげで仲違いしたまま死んでしまった親と和解することができたとかなんとかで満足して気前よく金を払い、評判は上々だったようだが、あるとき問題が生じた。
あるクライアントが、自分が幼いときに死んでしまった母親と話がしたいと言ってきた。
その自称霊能力者はいつもの調子でそれに応え、クライアント側は満足して報酬を支払った。
だがその後、クライアントが父親にそのことを話すと、父親からこう聞かされた。
――お前の母親は、実は死んじゃいないんだ。
そのクライアントの母親は、クライアントが幼い頃に他に男を作って出ていった。そのことを父親は正確に伝えることを恥じて、死んだと嘘をついていたのだ。
そこから自称霊能力者への詐欺疑惑が浮かび上がった。
それでもその自称霊能力者は自分の主張を一切曲げなかった。
自分の力はあくまで本物であり、これは自分の力を恐れた者たちが自分を陥れるために仕組んだ陰謀に違いないというストーリーをメディアに喧伝した。
それに乗っかるメディアもいたし、過去のクライアントたちで結成された被害者団の方に味方するメディアもあった。警察側はそいつを詐欺罪か、あるいは特定商品取引法違反かでどうにか起訴できないものかと方針を探っていたのだが、その矢先に事件が起きた。
その自称霊能力者が何者かによって殺されてしまったのだ。
死亡推定時刻は23時頃。場所は自宅の玄関先で、被害者が外出から家に帰ってきたタイミングを狙って襲撃されたものと見られている。
死因は刺殺。
アイスピックか何かで首を刺されて殺された、と検死結果が出ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
『未来から来た男、を自称する男』その3 に続く。
(次回更新→2020/12/23 21:00)
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